武公御國ニ逗留ノコト、岩間六兵衛[御聞番役御城使トモ云。今御留守居ト云]ヲ以テ御尋アリ。則御側衆坂崎内膳殿マデ口上書ヲ以テ言上在。(1)
我等身上之事、岩間六兵衛ヲ以御尋ニ付、口上ニ而は申上がたく候間、書付懸御目申候
一 我等事、只今迄奉公人と申て居候
所ハ、一家中も無之候。年罷寄、其上近年病者ニ成候得ば、身上何之望も無御座候。若致逗留候様ニ被仰付儀ニ候ば、自然御出馬之時、相應之武具をも持せ参、乘替之一疋も牽せ参候様ニ有之候へバ、能く御座候。妻子とても無之、老躰ニ成候ヘバ、居宅家財等之事など思ひもよらず候
一 若年より軍場へ出候事以上六度ニ
て、其内四度ハ、其場ニおゐて拙者より先ヲ懸候者、一人も無之候。其段ハあまねく何も存知之事ニて、尤證據も有之候。乍然此儀は以全く身上之申立ニ仕ニてハ無之候
一 武具之拵様、軍陣におゐて夫々に
應じ便利成事
一 時により國之治様之事
右は若年より心にかけ、数年致鍛煉候間、若於御尋可申上候。以上
寛永十七年二月 宮本武藏判
坂崎内膳殿 (2)
忠利公ヨリ月俸十七口現米三百石ヲ賜。蓋シ遊客タルヲ以テ、[扶持方ノ]諸士ノ列ニ不配[人持着座ノ格ナリ]。居宅ハ熊本千葉城ノ高キ所也。(3)
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武公が御国〔肥後〕に逗留することについて、岩間六兵衛[御聞番役、御城使ともいう。今は御留守居という]をもってお尋ねがあった。そこで(武公は)御側衆・坂崎内膳殿へ、口上書をもって言上した。
私の身上(待遇)について、岩間六兵衛をもってお尋ねがありましたが、口上では申上げることはできませんので、文書でお目にかけます
一 私は、これまで、どの家中であれ、奉公人として
居りました所は、一つもありません。年が寄り、そのうえ近年は、病者になりましたので、身上(待遇)といって何の望みもございません。もし(私に)逗留するようにと仰せつけられるのであれば、御出馬〔出陣〕なさるようなことが起きた時、(私に)相応の武具をも持たせ、乗替え馬の一疋でも牽かせて行けるようにしていただければ、それでよろしいのです。(私には)妻子などもなく、老体になりましたので、居宅・家財等のことは、どうでもかまいません
一 (私は)若年のころから戦場に出ましたことは計六
度あり、そのうち四度は、その場において拙者より先駈けした者は一人もありませんでした。そのことは、あまねく誰でもご存知のことで、当然、証拠もあります。しかしながら、このことをもって身上(待遇)の申立てにするものではまったくありません
一 武器道具の製作法、軍陣においてそれぞれに応
じ、役に立つ事
一 時により、国の治め方の事
右のことは、若年のころから心にかけ、多年鍛煉いたしましたので、もしお尋ねがあれば申上げます。以上
寛永十七年二月 宮本武蔵判
坂崎内膳殿
忠利公から(武公に)月俸十七口・現米三百石を賜わる。けだし、遊客であることから、[扶持方の]諸士の列に配さず[人持着座の格である]。居宅は熊本千葉城の高い所である。
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