校異の問題で、ここで指摘しておくべきところがある。それは、本条見出し部分、筑前系諸本における相異である。すなわち、越後系諸本に、
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
とするところ、筑前系の吉田家本・中山文庫本には、この「の事」二字がない。つまり、ここに脱字がある。これは同じ早川系の伊丹家甲本でも同様だが、後期写本の伊丹家乙本には「の事」二字を具備する。
肥後系諸本を参照すれば、《おもて第四の次第の事》とあって、やはり「の事」は記している。したがって、筑前系も最初は「の事」があったが、早川系の吉田家本・中山文庫本・伊丹家甲本は、これを落としたのである。伊丹家乙本にこれがあるのは、誤謬に気づいて修復したものである。
この「の事」の件についていえば、これは吉田家本一本の偶発的な誤写ではなく、早川系の中山文庫本・伊丹家本も同様である。とすれば、両本共通の先祖たる写本において誤写があったのである。
それに対し、同じ筑前系でも立花=越後系の諸本はこれを正しく記す。ということは、これは、吉田=早川系と立花峯均系が分岐した後で発生した脱字である。
おそらく、早川実寛→月成実久の相伝段階で生じた脱字であろう。それゆえ、吉田家本水之巻を含む四巻は、月成実久以後の早川系写本だという目星を付けることができる。
吉田家本は空之巻のみ、柴任美矩→吉田実連の段階のものだが、他の四巻は後世のものである。この四巻は、吉田実連から吉田本家の治年に託されたものではない。問題は、吉田家本・中山文庫本共通の先祖をどこにおくか、である。おそらくそれは、月成実久→大塚重寧の段階あたりであろう。
この段階では、すでに立花峯均系統と分岐している。この頃、吉田家本・中山文庫本共通の先祖となる写本が作成されたとみれば、上記誤写の発生点も知れる。
中山文庫本には、この見出しの箇処で、もう一つ誤写がある。つまり、《表第四の次第》のところ、「第四」を「四段」と誤記している。これは吉田家本にはない誤記であり、両者分岐後発生した異変である。
ともあれ、筑前の吉田家本などが誤記するところを、越後諸本が正しく書いているのである。こうした誤記の有無によって、筑前系の中でも早川系と立花=越後系の分別が可能となる。
したがって誤記は、その区別を教えてくれるのだから、誤記だからといって、疎かには扱えないわけである。むしろ、間テクスト的史料批判において、誤記はそれじたい重要な弁別素材なのである。
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*【吉田家本】
《表第四の次第【★】。第四のかまへ》
*【中山文庫本】
《表四段の次第【★】。第四のかまへ》
*【伊丹家甲本】
《表第四の次第【★】。第四のかまへ》
*【伊丹家乙本】
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
*【赤見家丙本】
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
*【近藤家甲乙本】
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
*【石井家本】
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
*【伊藤家本】
《表第四の次第の事。第四のかまへ》
*【楠家本】
《おもて第四の次第の事。第四の搆》
*【細川家本】
《おもて第四の次第の事。第四の搆》
*【筑前系五輪書伝系図】
○新免武蔵守玄信―寺尾孫之允┐
┌――――――――――――┘
└柴任美矩―吉田実連―┐
吉田家本空之巻 |
┌――――――――――┘
├立花峯均―立花増寿―┐
|┌―――――――――┘
|├立花種貫―立花増昆―┐
||┌―――――――――┘
||└吉田経年 吉田家本相伝証文
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|└丹羽信英…→(越後門流)
| 越後系諸本
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├(吉田治年)…吉田家本四巻
| ↑?
└早川実寛―月成実久―┤
大塚家本|
┌―――――――――┘
└大塚重寧―大塚藤郷…→
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