【註 解】
(1)觀の目強く、見の目弱く
目付け、目の付け方である。これも具体的で、かなり懇切な教えである。
さてこの目付け、現代語でも「目付き」と「目付け」は違うのは、承知されていることであろう。前に「身なり」のところで、目を少し細めるようにして、うらやかな顔にみえるような目つき、という話であった。それは自分の目つき・顔つきのことだが、こんどは、対象をどう見るかという具体的な目の付け方の話である。
まず、目の付け方は、大きく広く、である。そしてさらに、武蔵は目の付け方には、「観」〔かん〕と「見」〔けん〕の二つがあるという。話は明解で、分析的である。
しかし、この観見二つが何であるかということになると、若干の迂回説明を要するであろう。
観と見は、むろん仏教用語で、仏家では伝統的に語られてきたことである。観は、坐禅行のおりの観想の観、「止観」「中観」をはじめとして証悟の意であり、辞書的な意味では、心静かに対象を観察し、真実を悟るという具合である。たとえば、空海の詩や文を弟子の真済が編集した『性霊集』に、
《花蔵を心海に観じ、実相を眉山に念ず》(観花蔵於心海、念実相於眉山)
とあるところである。これに対し、「見」の方は、たとえば、四漏〔しろ〕に「欲・有・見・無明」を算えるように、否定的な意味である。道元の『正法眼蔵』に、
《いまいふところの見、またく仏法にあらず》(弁道話)
とあるように、現代語では言えば「見解」「意見」の意味である。仏教では「見」は、誤った見解、謬見の意に用いる。
なお一方で、時代が下ると、能でいう「見」、演者が観衆に与える視覚的効果の意味が現れる。『花鏡』に、
《能の出で来る当座に、見・聞・心の三あり》(比判之事)
とあって、これは仏教用語の「見・聞・心」であるようでいて、その実、換骨奪胎して「見」はヴィジュアルな効果という意となる。かくして、もうすでに、武蔵のいう「見」の意味に近いわけである。
すなわち、通俗解釈として、目で見るのが「見」、心で見るのが「観」といった図式的要約が流布するようになる。たとえば先に挙げた柳生宗矩の『兵法家伝書』も、この種の俗説を導入している。つまり、同書に、
《目に見るを見と云ひ、心に見るを観と云ふ》
というテーゼのあるところである。これに対し、武蔵の教えの方は、そんな甘い図式的抽象的思考ではなく、もちろん「観」「見」二つを、実践的に具体的に語るのみである。
すなわち、目の付け方は、大きく広く、である。これで「観」の意味としては過不足はない。逆に、細かく狭く見るのが「見」である。それが武蔵の「観見論」である。
武蔵が述べているのは、こうだ。――「観」の目は強く、「見」の目は弱く、遠い所を近く見、近い所を遠く見ること、これが兵法の専、戦闘術で重要なことである、と。これ以上に何も付け加える必要はないのである。
このシンプルな合理的説明に対して、柳生宗矩の観見二様相の説明は、禅味というより、禅臭いのである。ところが、近代の五輪書解釈において、この柳生流が横行してきたというのが実状である。武蔵を柳生流で読む弊害が生じているのである。言うも愚かなことだが、五輪書は武蔵流に読まなければ五輪書を読んだことにはならない。
さらにもっと劣悪な通俗解釈本となると、観は本質を見抜く目、見は現象(見かけ)に惑わされる目、といったぐあいに、本質/現象の対立図式に還元してしまう。そしてそこから、どんな時代でも物事の本質を見抜く目が必要であり、それゆえ武蔵は現代にも通じる思想家である、といった大笑いの結論を導き出すのである。これはしかし、我々の時代の五輪書読解環境の、嗤えない惨状なのである。
こうした頓馬な解釈本の諸説と逆に、「観」とは、物事に本質も実体も存在しないと悟ること、本質とは、(ヘーゲル流に言えば)現象の現象にすぎない――のであるが、仏教的伝統のなかではこれは初歩的な要点。しかし、こうしたことを、改めて説かねばならないであろうか?
しかし、既成現代語訳では、戦後になって、あきれ返るほどの事態が生じている。《觀見二ツの事、觀の目強く、見の目弱く、遠き所をちかく見、近き所を遠く見る事、兵法の専也》――ここが五輪書のうちでも最も有名な箇処の一つだから、訳者は気合いが入った様子だが、途方もない脱線を演じている。
それが神子訳である。それを見るに、もはや語訳というものではない。解釈文である。しかも誤解釈の陳列である。いわく、――観、すなわち物ごとの本質を深く見きわめることを第一とし、見、すなわち表面のあれこれの動きを見ることは二の次とせよ。離れたところの様子を具体的につかみ、また身近な動きの中から、その本質を知ることが兵法の上で最も大切である、云々。
そんなことが、どこに書いてあるか。戦前の石田訳と対比すれば、どれほどの脱線が演じられているか、明かであろう。
後の大河内訳は、さすがにそこまでの脱線はせず、前半部分を記しているが、《遠き所をちかく見、近き所を遠く見る事》という後半部になると、「遠いところを的確にとらえ、身近なところの動きから大局をつかむこと」として、神子訳の脱線を踏襲している。また、鎌田訳もその点同じ脱線のふるまいである。
武蔵が言っているのは、――観の目は強く、見の目は弱く、遠い所を近く見、近い所を遠く見ること、これが兵法の専、重要なことである、ということである。これは文字通りに読めばよいのであって、現代語訳では、何も余計なことを付け加える必要はない。
それを文字通りに読めず、蒙昧胡乱な文言をかぶせて、武蔵の言説を台無しにしてしまっているのが、これらの現代語訳である。早々に廃棄すべきであろう。
なお、岩波版注記に、《目の付やうは、大キに廣く付る目也》の箇処の「目」について、「衍か」として、衍字の可能性を示唆しているが、それは誤りである。
細川家本しか見ないから、そういう憶測をしたようだが、他の諸本、とくに筑前系まで渉って通覧すれば、そんな憶測の余地はない。この「目」字は、現存写本すべてに記すところである。
上記の既成現代語訳が、書かれていないことを読んでしまう妄想であるのに対し、これは逆に、書いてある文字を見まいとする例である。ただし、後でみるように岩波版は、別の箇処では底本の細川家本にない文字を入れるのだから、その逆のこともあるということである。
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○此条諸本参照 → 異本集

重文 天台大師像

重文 弘法大師像(談義本尊)
*【現代語訳事例】
《目の付け方に觀と見の二種あって、觀の目を強くし見の目を弱くし、遠い所を近く見、近い所を遠く見ることが兵法において専ら大事である》(石田外茂一訳)
《観、すなわち物ごとの本質を深く見きわめることを第一とし、見、すなわち表面のあれこれの動きを見ることは二の次とせよ。離れたところの様子を具体的につかみ、また身近な動きの中から、その本質を知ることが兵法の上で最も大切である》(神子侃訳)
《観と見の二つについては、「観」の目を強く、「見」の目は弱くして、遠いところを的確にとらえ、身近なところの動きから大局をつかむことが、兵法では最も大切なことである》(大河内昭爾訳)
《目には観の目と見の目とがあるが、観の目をつよくし、見の目は弱くする。離れたところの動きをはっきりつかみ、また身近な動きにとらわれず、それをはなして見ることが兵法の上で最も大切である》(鎌田茂雄訳)
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