二刀の木刀は、三尺と二尺、これは通常のものであろう。越後の武蔵門流では、二刀術の他に、五尺木刀術の伝承があった。その現物が上掲写真のものであるが、五尺木刀術の伝書もある。しかし、それだけではない。二尺の枕木刀もあるから、短い道具も武蔵門流では修学されたのである。いうならば、五輪書以後二世紀、武蔵流は、やはり、「長きにても勝ち、短きにても勝つ」ことを教えていたのである。
そもそも武蔵は、二刀流にこだわっていない。いつのころか「こだわり」ということが男の美学として語られるようになった。それは固定した封建秩序のなかから誕生した、センチメンタルでナルシシスティックな美意識であろう。武蔵のスタンスは、そんな美学とはまったく逆である。
武蔵流はリアルな戦闘術だから、道具は何でも使う。両手二刀で戦うというのも、その一端にすぎない。そして、刀の長さにこだわらないのは、戦場の具体的な場面での使用が念頭にあるからだ。剣は武士の魂だとかいう剣の物神化も、武蔵には無縁なのである
したがって、二刀に過剰な意味づけをするでもない。二刀を持つ場合の長所は、たった一人で多勢と戦う時や、屋内籠城者相手などの場合、メリットがあるというから、その効用は限定的である。武蔵は、言う。
《先、片手にて太刀を振ならわせんために、二刀として、太刀を片手にて振覚る道也》
つまり、二刀を習わせるのは、片手で太刀が振れるようにするためである。ここは注意が必要だ。というのは、片手で太刀が振れるようにするのは、二刀を使えるようにするため、ではない。逆である。
武蔵流は二刀、というイメージが滲みついているから、片手で太刀が振れるようにするのは、二刀を使えるようにするためだと思っている人が多いが、武蔵が書いているように、二刀使いが主眼ではなく、戦場の実戦現場で片手で太刀が振れるようにするために、二刀で練習するのである。
したがって、武蔵二刀流のイメージは変更されなければならない。厳密に言えば、武蔵は、二刀流ではなく「片手流」なのである。ここは極めて重要なポイントだから、銘記しておいていただきたい。
肥後兵法書では、冒頭の「此道二刀と名付事」の條に、五輪書のこの記事を祖述したものがあって、
《此道、二刀として、太刀を二ツ持儀、左の手にさして心なし。太刀を片手にて取りならハせんためなり》
と、ずばり核心的な記述がある。二刀つかいといっても、まさに左の手にさして意味はない、というわけである。
しかし、五輪書を読めば分るように、武蔵は片手でも太刀を振れるようにと教えるが、「左手にさして心なし」とまでは言わない。戦場なら、負傷して右手の機能を失っても、左手一本でも戦わなければならない。それが五輪書の「太刀を片手で取り習わせる」の本意である。
したがって、肥後兵法書のこの記事には、武蔵の教えの趣旨に照らせば、明らかに逸脱がある。武蔵の教えでは、右手も左手もそれぞれ使えるようにするのである。
随所で後に確認することになろうが、肥後兵法書をディテールにわたって読み込めば、武蔵ならそうは言うまい、という論説がある。もとより事実は、肥後の伝説とは違って、三十九箇条であれ三十五箇条であれ肥後兵法書は、後人の作物である。
――――――――――――
ここで、諸本校異について、指摘すべき箇処がある。それは、筑前系諸本に、
《人毎に始て取付時ハ、太刀重くて振廻しがたき物なれども》
とあって、はじめて《取付》時は、とするところ、肥後系諸本はこれを、はじめて《とる》時は、として、「付」字を落としている。
これは、筑前系と肥後系の諸本にそれぞれ共通するところであるから、筑前系/肥後系を截然と区別する指標的相異である。
これについて厳密に言えば、「はじめて取付く時」の方が、正確な語句表現である。「取付く」というのは、着手する、とりかかる、という意だが、ここでは、「習いはじめた時」という語意である。
ただし、必ずしもそうは厳密でないとすれば、「はじめて取る時」でも差し支えない。つまり、「はじめて(手に)取る時」ということだとすれば、文意が通じることなので、肥後系の「付」字のないケースも排除できない。つまり、どちらもありうる表現である。
とすれば、文の内容では判断の付かないところである。しかし、既出例で述べたように、筑前系諸本に共通して存在する語句は、寺尾孫之丞まで遡りうる初期形態を示す。これに対して、肥後系諸本はいづれも門外流出後の写本の末裔であり、たしかに寺尾段階まで遡りうるという確証がない。
かりに、これが寺尾孫之丞後期の語句だとみれば、寺尾は後期になって前期と異なる語句を記したことになる。それも上述のように確証なきことなので、「付」字を欠く肥後系諸本の《初てとる時》という語句は、後に発生した脱字とみなしうる。
とはいえ、ここで、次の文に《萬、始てとり付時ハ》とあって、「はじめて取付く時」という語句が再出するわけであるから、やはり、文の正確さを期するとすれば、筑前系諸本のように、《取付》とすべきであろう。それゆえ、我々のテクストでは、《取付》の方を採用している。
Go Back
|

身の丈六尺の武蔵と五尺木刀

二刀で戦う
*【肥後兵法書】
《 此道二刀と名付事
一 此道二刀として太刀を二ツ持儀、左の手にさして心なし。太刀を片手にて取りならハせんためなり。片手にて持時、軍陳、馬上、川、沼、細道、石原、人籠、かけはしり、若、左に道具など持たる時、不如意に候得ば、片手にても取候也。太刀を片手にて持事、初は重く覚ゆれども、後は自由に成候也。縱バ、弓を射習ひて其力付、馬に乗習ひてハ其力あり。凡下のわざ、水夫はろかひ〔櫓櫂〕を取て其力あり、土民はすきくは〔鋤鍬〕を取て其力強し。太刀も取習へば、力出來るもの也。但、人々の強弱は、身に應じたる太刀を持べきもの也》
*【吉田家本】
《人毎に始て取付時ハ、太刀重くて振廻しがたき物なれども》
*【立花隨翁本】
《人毎に始て取付時ハ、太刀重くて振廻しがたき物なれども》
*【渡辺家本】
《人毎に始て取付時は、太刀重くて振廻しがたき物なれども》
*【石井家本】
《人毎に始て取付時は、太刀重くて振廻しがたき物なれども》
*【楠家本】
《人毎に初てとる時ハ、太刀おもくて振りまハしがたき物なれども》
*【細川家本】
《人毎に初而とる時ハ、太刀おもくて振廻しがたき物なれども》
*【富永家本】
《人毎に初てとる時ハ、太刀おもくてふりまわしがたき物なれ共》
*【狩野文庫本】
《人毎に初而取時ハ、太刀重而振廻しがたきものなれ共》
|