【原 文】
巌流闇殺吉岡之事 (承前)
此時佐々木巌流は、先辱〔せんじよく〕の欝憤山のごとく、何とぞ吉岡を撃殺し、おのれが結恨〔けつこん〕を報ずべしと、既に先達て當國に下り、少しの知音〔ちいん〕をもとめ、姿をかへて城下に徘徊し、心を盡して吉岡を附ねらふといへども、嘗て便〔たより〕を得ざりしが、今宵眞觀寺に爾々〔しかじか〕の事ありて、吉岡も彼處〔かしこ〕に赴くと聞しかば、それこそ幸ひの事なれ、帰宅夜に入なバ、竊に田裏〔でんり〕の間に於て討べしと、眞觀寺の邊に身をひそめて俟〔まつ〕ところに、吉岡數多の門人と倶に寺門を出けれバ、巌流大きに焦燥〔いらち〕、南無三宝こよひ如此〔かく〕大勢の門人付添ば、本意を遂る事成がたし、さればとて、黙すべきにあらずと、徐〔しづ〕かに跡より伺ひけるが、已に岐路〔わかれミち〕に於て門人等に引わかれ、獨り南に行を見て、巌流地に雀躍〔こをどり〕し、さてハ天の加護、ことに吉岡今不吉の言〔ことば〕を出す事、渠が運命の盡るべきしるしなり、と心に歓び、後方〔しりへ〕に従ひ窺ひゆく。
吉岡は如此〔かく〕とも知らず、唯一人いさミ酔〔ゑひ〕に乗じ、當藩〔たうばん〕の國士〔からう〕鳴尾五郎左衛門が別莊〔しもやしき〕の裏門通、高らかに謡曲して、五衰滅色〔ごすゐめつしよく〕の秋なれや、落る木の葉の盃、飲む酒は、谷水の流るゝもまた涙川、水上〔ミなかミ〕は、我なるものを、物おもふ時しも是、今こそ限なりけれ、と謡ひつゝ、何心なく歩ミ行時しもあれ、吉岡が隣家・溝口源兵衛といふ者の家に勤〔つとむ〕る奴僕〔しもべ〕、今宵主人源兵衛が使として、深更におよび此路系〔みちすぢ〕に來りしが、吉岡が來るを見て、這〔あの〕謡ひ聲は、慥〔たしか〕に隣家の吉岡殿なり、出合てハ礼をするも懊悩〔むつかし〕と、側〔かたハら〕を見るに、一方は竹林〔やぶ〕なり、一方ハ鳴尾五郎左衛門が別莊〔しもやしき〕の裏門にして、土墻〔へい〕盤環〔ながく〕築めぐらし、塀の外に枳殻〔きこく〕の籬〔かき〕あり。頃しも卯月の中旬〔なかば〕なれば、枝葉細やかに繁茂〔しげ〕て蔭くらきに、籬の絶間〔たへま〕所々にありて、身を隠すべき所あり。奴僕〔しもべ〕喜び、僥倖〔さいはひ〕なる陰窟〔かくれが〕ござんなれ、此處に避て遣過さんと、土墻〔へい〕と籬〔かき〕の間、僅に三尺ばかりの透間〔すきま〕に躬を瘻〔かゞめ〕て忍居る。
此時、夜は次第に更〔ふけ〕ゆくに、月の光りぞいよ/\沍〔さえ〕、竹林〔やぶ〕の風音ものすごく、笹葉〔さゝば〕を凄〔さつ〕と吹分れば、月華路上を照して、あたかも白晝に彷彿〔さもに〕たり。吉岡は少しく酒を過し、謳ひさしの謡曲〔うたひ〕猶たかく、ものすさまじき夜端〔よは〕の景色に餘情を催し、潦水〔たまりみず〕に足を濡さじと、月の明りに路頭を窺[借字]ひ、かの奴僕が隠れたる籬〔まがき〕の圖辻〔ずんど〕に出來〔いできた〕る。吉岡が後方より、巌流鷺脚〔さしあし〕して迫り來〔きた〕る。
吉岡おもハず潦江に踏ミ陥り、前の方に跌〔つまづ〕き、すでに倒れんとする處を、巌流走りかゝつて、抜打に吉岡が右の肩口に切込んだり。元來手練の事なれバ、刄〔やいば〕之勢ひはげしくて、弓手の肋骨〔わきぼね〕まで一刀に切下〔きりさぐ〕るに、鬼神と呼れし豪傑も、二言と云ず倒れ死す。
巌流は吉岡が髻〔もとどり〕をつかんで仰〔あおの〕けに押ふせ、持たる血刀とりなをして、いかに吉岡、先年われに恥辱をあたへし其恨ミ覚たるかと、胸板を足下〔そつか〕にふミつけ、咽喉〔のどぶへ〕二タ刀つゞけ刺にさし通せば、毛孔〔ミのけ〕いよだつて恐しく、奴僕は籬〔まがき〕の裏〔うち〕に在て、此の有さまを見、魂魂天に飛び、聲をあげんには身の上恐しく、地に入らんにハ大地堅剛〔かた〕く、皮肉筋骨一時〔いちど〕に縮まり、大地に喰ひつきうかゞひ居る。巌流前後を見まハし、血刀を提〔ひつさげ〕て當りを窺ふ。奴僕はいよ/\懼しく、息を詰てかゞミ伏す。
巌流刀の血を拭〔のご〕ひ鞘に納る間〔あいだ〕もなく、鳴尾が別莊〔べつさう〕の長屋の内に人聲たかく、裏門の外に刀の刄響〔はひゞき〕したるハ怪しく、門を開ひて出て見よと、詈〔のゝ〕めきたり。巌流聞より大きにおどろき、東に臨んで走行〔はしりゆく〕。奴僕も同じく忙〔あハ〕て、若此の所に隠れ居て、捕られてハ後日〔ごにち〕の難義と、籬〔かき〕の内より潜り出、道をかへてぞ逃のびけり。
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【現代語訳】
巌流、吉岡を闇殺ちの事 (承前)
このとき、佐々木巌流は、前に受けた屈辱の欝憤は山のごとく(積り)、何とかして吉岡を撃ち殺し、おのれの結恨[怨恨]を報いようと、すでに先だって当国[筑前]に下り、わずかなつてをもとめ、姿を変えて城下を徘徊し、懸命に吉岡をつけ狙っていたが、一向に機会を得なかったところ、今宵真観寺にしかじかのことがあり、吉岡もそこへ行くと聞いたので、「それこそ、幸いだ。帰宅が夜に入れば、ひそかに田園の中で討ち取ろう」と、真観寺のあたりに身をひそめて待っていると、吉岡が多数の門人といっしょに寺門を出て来たので、巌流は大いに焦り[いらち、関西弁に現存]、「しまった[南無三宝、本来は仏徒の祈りだが]。今宵、このように大勢の門人が付き添っていては、本意を遂げることはできない。さればとて、見逃すわけにはいかない」と、徐ろに後から(好機を)うかがっていたが、まさに岐れ路で門人たちと別れ、吉岡が一人南へ行くのを見て、巌流、足は小躍りし、「さては、天の加護か。ことに吉岡がいま不吉の言葉を口に出したのは、彼の運命の尽きるしるしだ」と、心の中で歓び、様子をうかがいながら後について行く。
吉岡は、そんなこととも知らず、唯一人、勇み酔いに乗じて、当家の家老[ルビによる。国士は漢流]・鳴尾五郎左衛門の下屋敷[ルビによる。別荘は漢流]の裏門通りを、高らかに謡曲して、「五衰滅色の秋なれや、落る木の葉の盃、飲む酒は…」と謡いつつ[この謡曲は俊寛]、無心に歩み行く、まさにそのとき、吉岡の隣家・溝口源兵衛という者の家に勤める下男[奴僕は高踏表現]が、この夜主人源兵衛の使いで、深夜になってこの道筋を通りかかったが、吉岡が来るのを見て、「あの謡いの声は、たしかに隣家の吉岡殿だ。出逢ってお辞儀をするのも、厄介だな」と思って、傍らを見ると、一方は竹藪、一方は鳴尾五郎左衛門の下屋敷の裏門で、土塀を長く築きめぐらし、塀の外に枳殻(からたち)の生垣がある。ちょうど卯月[四月]の中旬なので、枝葉がびっしり繁茂してその蔭は暗く、生垣の絶間が所々にあって、身を隠せる所がある。下男は喜んで、「幸いにも隠れ家がござるよな。ここに身を避けて(吉岡を)やり過ごそう」と、土塀と生垣の間、わずか三尺ばかりのすき間に、身をかがめて、隠れていた。
このとき、夜は次第に更けゆくに、月の光はいよいよ冴え渡り、竹藪の風音は何となく殺伐として、笹の葉をざわと吹き分け、月光は路上を照して、あたかも白昼を思わせる。吉岡は少し酒を飲み過きて、謳いさしの謡曲の声はなお高く、冴えざえとした夜半の景色に余情を催し、水たまり[潦水は漢流]に足を濡すまいと、月の明りに路面を窺いながら、かの下男が隠れている生垣のある通りの角[図辻の図は通りの意で、条里制の条]に出て来た。吉岡の後方からは、巌流が差し足[ルビによる。さぎあし]で(足音を忍ばせて)迫って来る。
吉岡は、思わず水たまりに足を踏み込み、前の方につまづいて、まさに倒れんとするところを、巌流が走りかかって、抜き打ちに吉岡の右の肩口に切込んだ。(巌流は)もともと手練れ[熟練の達人]だから、刄の勢い激しく、左側の肋骨まで一刀で切下げたので、鬼神と呼ばれた豪傑(吉岡)も、うむとも言わず、倒れて死んでしまった。
巌流は吉岡の髻[もとどり、髪を束ね結んだ部分]をつかんで、その身体を仰むけに押し伏せると、手にした血刀を持ち直して、「どうだ、吉岡。先年、おれに恥辱をあたえたその恨み、思い知ったか」と、胸板を足で踏みつけ、咽喉を二回続けさまに刺し通したのは、身の毛がよだつほど恐ろしく、(溝口の)下男は生垣の中に隠れていてこの光景を目撃し、心魂が天にぶっ飛んだが、声をあげると自分の身の上が恐しく、地に潜り入るには大地は堅すぎるし、皮肉筋骨一度に縮みあがり、大地に喰らいついて、様子をうかがっている。巌流は前後を見まわし、血刀をひっ提げて、あたりを窺う。下男はいよいよおそろしく、息を詰めてじっと身を屈めている。
巌流が刀の血を拭い鞘に納めるや、たちまち、鳴尾の下屋敷の長屋の内で人の声高く、「裏門の外に刀の刄響きがしたのは変だ。門を開いて、出て見よ」と、わめいている。巌流はそれを聞いて大いにおどろき、東に向かって走って行った。下男も同じく大あわてで、もしこの場所に隠れていて、捕えられては後日の難義と、生垣の中から潜り出て、巌流とは反対方向へ逃亡した。
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