【原 文】
吉岡佐々木巌流と爭論之事 (承前)
吉岡本意なき事に思ひて立戻るところに、土墻〔へい〕の彼方〔あなた〕より一疋の大狗、竇〔あな〕を潜りて駈來り、吉岡が前をすぎて駅房〔はたごや〕の打火場のかたへ行と思ふうち、忽ち一聲〔いつせい〕鶏の鳴聲聞たるに、かの大狗、雄鶏一宙くはへて、もとの竇に入らんとするを、駅房の後生〔わかもの〕二人、房主〔あるじ〕と共に、それ其狗、鶏を取たるハ、打倒して鶏を助けよといふ聲の下、手毎〔てんで〕に劈柴〔わりき〕、擔杖〔になひぼう〕を引提、追ひ來る。
彼狗あまりに追るゝ事急にして、もとの竇に入事あたはず。小園〔はたけ〕の中〔うち〕を逃廻〔にげめぐ〕るといへ共、猶喞〔くはへ〕し鶏を放さず。房主〔あるじ〕後生〔わかもの〕大きに焦燥〔いらつ〕て、直〔すぐ〕に土墻〔へい〕の隅の方に追迫〔おひつめ〕、劈柴を以て前脚を打て撃倒せば、房主擔杖を振擧て、一連に二三十つゞけ打に撃ちけるに、かの狗大きに苦しミ、纔〔わづか〕に鶏を放つといへども、鶏すでに死したり。房主いよ/\怒り、猶力に任て打けるに、忽ち鼻柱のかた傷損じ、血ほとばしり出て倒れ死す。
則〔すなハち〕此狗は、巌流が飼ふところの獅子丸といふ犬なり。此苦聲〔くせい〕を聞とひとしく、巌流が家より若黨両人かけ出、土墻の破れより見て大に叫び、町人〔ちやうにん〕犬を殺したりと呼はりけるに、巌流は教場〔けいこば〕にありて諸士に習練〔しふれん〕して居たりしが、刀を引提、かけ來り、同じく土墻の透間より覩〔うかゞ〕ひ見て、大きに憤激し、それ両人の若黨ども、狗を殺せし町人等を一々〔いち/\〕に突ころせと、いまだ言も終らざる間〔うち〕に、二人の若黨、岡田左源太・堀内門藏、左源太は短鎗〔てやり〕、門藏は短棒〔ちぎりき〕にて、隔の塀水もたまらす棒頭〔ぼうとう〕にて突倒し、後園〔こうゑん〕の中に躍り入る。
其勢ひにおそれて後生〔わかもの〕両人、家内〔かない〕をさして迯入たり。房主は、一時のいかりに乗じて狗をころしたる事を、初めて後悔し、地に踞〔ひざまつ〕き、言を開んとするところを、聊すこしも耳にかけず、はや短棒をもつて可活可死〔いきよしね〕よと撃居〔うちすへ〕たり。
吉岡は最初より事の形状〔やうす〕を見るといへども、少しも手を動さず、今房主〔あるじ〕が危きを救んとハ思へども、無取爲〔よしなき〕あらそひを引出して、主君の名を出さんよりハと、避て入らんとする所を、若黨左源太、鎗をもつて跡より追かけ、おのれも宥しがたしと、打火場〔だひどころ〕の口にて突かけたり。
吉岡身をひるがへして、其鎗首〔やりくび〕を握りて、あらゝかに聲をあげて、狼藉なる下郎〔げらう〕め、我はこれ鎭西の武夫〔ぶふ〕、今般事の所以ありて上方に來り、當駅に止宿し、何ごゝろなく今庭中〔ていちう〕に徘徊す。某に何の所爲〔しよい〕ありて如此〔かく〕理不盡におよぶや。劔戟はもとより無情の器〔き〕、かならず人を傷〔やぶ〕るの道具なり。若かゝる太平の御代にあたりて、罪なき人を損なハゞ、汝後日〔ごにち〕の罪科はいかゞして免んとおもふやと、其鎗すぐに奪ひとり、庭中に投棄たり。
この早業に恐怖して、猶豫〔ゆうよ〕して立たる所に、教場に有合ふ壮士等〔さむらひども〕追々に駈聚り、四五十人餘り菜園の中〔うち〕に乱れ入り、後につゞいて居たりしが、事がな笛吹んと思ふ血氣の魁勇〔くわいゆう〕、吉岡が腕立〔うでだて〕を見て大きに憤り、口を利すな、まづ其者をうち倒せと、教場に立かへりて、手毎〔てごと〕に木太刀、棒などおつとり、一度に吉岡に向ひ進んで、打かけ來る。
吉岡少しもひるまず、腰刀に手をもかけず、猶大音をあげて叫びけるハ、此うちに當家の老臣諸役人は無き歟。我に於て少しも事を爭ひ騒動を好む者にあらず。狼藉據〔よんどころ〕なきが故、止む事を得ざる處なり。後日の證人になれ、といふより早く、一番にかゝる壮士〔さうし〕両人が携〔もつ〕たる木刀を奪とり、其まゝ両人を、日月〔じつげつ〕の冠〔かむり〕と名付たる手をもつて、右と左に打居〔うちすへ〕たり。手練〔しゆれん〕の手の内、あたかも木刀の當る處、眞劔をもつて切るゝよりも緊〔きび〕しく、二言〔にごん〕と云ず氣絶〔たへ〕たり。
是を見て、壮士五六人、前後左右より一度に躍り上りて打來るを、猶物ともせず、相手何十人ありとも、痴〔しれ〕たる汝等の振舞、何ほどの事をか仕出すべきと、五六人をおなじく其處に打ふせたり。
然れども吉岡思慮ある人物にて、悉く打殺さバ殺すべけれども、後難〔こうなん〕を避る處をもつて、ミな大事の手を撃〔うた〕ず、いづれも死せざる様に打居〔すヘ〕たり。
猶追々にかゝる諸士二十人あまり、半死半生に打なされたるを見て、敢て壹人もかゝるものなく、生強〔なまじゐ〕なる事仕出して、壮士等〔わかざむらひら〕進退爰に極まり、師匠巌流の見る所、臆したる氣色も見せがたく、さればとて唯今の吉岡が働らき、更に凡夫の所爲〔しわざ〕にあらざるに、心膽をとりひしがれ、互ひに目と目を見合せ、牙〔きば〕を噛でひかへたり。猶如何〔いかゞ〕あるや、下章〔つぎ〕の文段を見るべし。
繪本二島英勇記 卷一 終
|
【現代語訳】
吉岡、佐々木巌流と争論の事 (承前)
吉岡は、残念だが仕方ないと思って、立戻ろうとすると、土塀の向う側から一疋の大きな犬が、穴を潜って走ってきた。吉岡の前を通って、旅館[駅房は漢流]の台所の方へ行ったと思うと、たちまち一声、鶏の鳴き声が聞えて、かの大きな犬が雄鶏を一宙き咥えて、もとの穴に入ろうとする。それを、旅館の下男[若者・若衆。後生は漢流。論語子罕篇に後生可畏]が二人、主人と共に、「それ、その犬、鶏を取ったぞ。打ち倒して鶏を助けよ」という声のもと、てんでに鉈[割り木。ルビによる]や天秤棒[担い棒。ルビによる]を引っ提げて、犬を追って来た。
あまりにもこの追跡が急なので、犬は、もとの穴に入ることができない。畑[ルビによる。菜園]の中を逃げまわるが、なおも(口に)くわえた鶏を離さない。主人と下男は大いに苛立って、直ちに土塀の隅の方に追い詰め、鉈で犬の前脚を打って撃ち倒す。主人が天秤棒を振りあげて、続けさまに二、三十回犬を叩くと、かの犬は大いに苦しみ、やっとすこしだけ鶏を離すが、鶏はすでに死んでいた。主人はいよいよ怒り、さらにまた力に任せて犬を打ったので、たちまち鼻柱のあたりに傷が裂け、そこから血がほとばしり出て、犬は倒れて死んでしまった。
この犬は、巌流が飼っている獅子丸という犬であった。犬の(キャンキャンと)苦しむ声を聞くと同時に、巌流の家から若党[従卒。足軽よりは上の身分。若いとは限らない]二人が飛び出してきて、土塀の破れ目から見て、大声で叫び、「町人が犬を殺したぞ」と呼ばわった。巌流は稽古場[ルビによる。教場は高踏表現]にいて諸士に稽古をつけていたが、刀を引っ提げ走ってきて、同じく土塀の隙間から覗いて(様子を)見て、大いに憤激し、「それ、両人の若党ども、犬を殺した町人らをみな突き殺せ」と、いまだ言いも終らざる間に、二人の若党、岡田左源太と堀内門蔵、左源太は手鎗[ルビによる。普通9尺柄の鎗。長いのは長柄という]、門蔵は乳切木[ルビによる。両端が太い戦闘用の短棒]をもって、隔ての塀をあっというまに棒先で突き倒し、(旅館の)菜園の中に躍り込んだ。
その勢いにおそれて、下男の二人は、家の中をめがけて逃げ込んだ。主人は、一時の怒りにかられて犬を殺した事を、ようやく後悔し、地にひざまづいて、詫言を述べようとしたが、(巌流の若党は)まったく耳をかさず、いまや乳切木(短棒)で「生きよ、死ねよ[ルビによる]」と、主人を打ちすえた。
吉岡は、最初から事のようすを見ていたけれど、少しも手を出さず、ここで旅館の主の危難を救おうとは思ったが、つまらない争い[ルビによる。よしなき]を引き起して、主君の名が出てしまうよりはと、(その場を)避けて家に入ろうとするところを、若党の左源太が、鎗をもって吉岡の後から追かけ、「おのれも許さんぞ」と、台所の入口で(鎗を)突きかけた。
吉岡は身をひるがえして、その鎗首を握って、荒々しく声をあげて、「狼藉なる下郎め。おれこそは鎮西[ここは大宰府のある筑前のこと]の武士、このたび用があって上方[京大坂というより摂津のこと]に来て、この宿場[当駅は漢流]に泊まり、何のつもりもなく、いま庭を散歩しておった。何の理由があってこのおれに、こんな理不尽(な乱暴)に及ぶのか。剣戟[剣戟は刀剣と戈。ここは武器の意]は本来無情の器具、必ず人を傷つける道具である。もし、こんな太平の御代にあたって、罪なき人を傷つけるならば、おまえは後日の罪科をいかにして免れると思うのか」と、その鎗をすぐに奪い取って、庭の中に投げ棄てた。
この早業に恐怖して(若党の左源太が)ためらって立っているところに、巌流の稽古場に居合わせた武士たち[ルビによる。壮士は漢流、勇壮な男子のこと]が追々に駈けつけて集まり、四、五十人あまりが、菜園の中に乱れ入り、後に続いていたが、「何でもいいから、騒ぎを大きくしてやろう[源平盛衰記。さなきだにも、事がな笛ふかんと思ける北面の下搴、、我も我もと走向ける中に]」と思う血気の勇みから、吉岡が腕前を見せたのを見て大いに憤り、「口を利かすな。まずその者を打ち倒せ」と、稽古場に戻って手に手に木太刀・棒などをひっつかんで、いっせいに吉岡に向って進み、打ちかかって来る。
吉岡は少しもひるまず、腰の刀に手もかけず、さらに大声をあげて叫んだのは、「このあたりに、当家[ここでは姫路城主此下家]の老臣や諸役人はいないか。私は少しも、事を争い騒動を好む者ではない。理不尽な狼藉のため、やむをえないのである。後日の証人になれ」[喧嘩に当りこの種の宣言・声明は当時必須である]というより早く、一番に打ちかかる男たち二人がもつ木刀を奪い取り、ただちにその二人を、「日月の冠」と名付けた手技[二刀流術名らしいが不詳]で、右と左に打ちすえた。熟練[てだれ]の手の内、あたかも木刀の当たるところ、真剣で切るよりもきびしく、この二人は、うむとも言わず[二言といわずは以下頻出する紋切型表現]、気絶してしまった。
これを見て、武士たち五、六人が、前後左右から、いっせいに躍り上って打ちかかって来たのを、なお物ともせず、「相手が何十人だろうと、正気ではない[痴れたるはinsaneの意]おまえたちの振舞い、何ほどの事ができようか」と、その五、六人を同じくそこに打ち伏せた。
とはいえ、ことごとく打ち殺そうと思えば殺せるけれども、吉岡は思慮ある人物で、後難を避けるために、みな必殺の手[大事の手]をうたず、どれも死なないようにして打ちすえたのである。
さらに続いて打ちかかる諸士が二十人あまり、吉岡に打たれて半死半生になった。それを見ては、もうあえて打ちかかる者は一人もなく、(よせばよいのに)不用意な事を仕掛けて、若侍ら[ルビによる]は進退ここに極まったが、師匠巌流が見ているので、臆した気色も見せがたい。さればとて、さっきの吉岡の働きは、まったく凡夫のしわざではないので、勇気をとりひしがれ、互いに目と目を見合せ、歯噛みして控えているのであった。――さらにこれがどうなるか、以下の章の文段を見るべし。
絵本二島英勇記 卷一 終
|