【原 文】
宮本無三四辭白倉の事
并白倉師弟奸計の事 (承前)
白倉やがて教場〔けいこば〕の内に人々を呼入れ、家僕に至るまで人を遠退〔とをざけ〕、ひそかに密語〔さゝやき〕て申けるハ、
扨もわが輩〔ともがら〕、最前にハ宮本がために贏〔かち〕をとられて、其儘に渠を返す時は、他國に到りて大言を吐ちらし、岡山に於て白倉と較量〔しやひ〕打倒したりなど云はれんは、流義の恥辱〔はぢ〕、又は國の名折ならん事を懐ひ、二ツにハ渠が流義の妙様〔めうよう〕、いかにしても奇特の所あるが故に、其秘嚢を探りとらんため、態〔わざ〕と甘言を以て誑かし、其心を驕慢〔おごら〕せたるに、果して我計較〔もくろミ〕に陥り、既に三ケ月の間、這厠〔きやつめ〕が夜の目も寝ずして自得したる限を摭出〔まきいだ〕して、我等師弟に傳へたり。然るに此もの大望の事ありて、明日此所を出立せんと申を、それがし左右〔とやかく〕して、明後日起〔たゝ〕しめんと一日を延したり。
其所以〔ゆゑ〕は、擅〔ほしい〕まゝに此者を他国に放ち遣す時は、渠言〔こと〕の序〔ついで〕に、白倉源五左衛門こそ我門弟にしたりなどゝいハれんも、無益〔むやく〕しく、殊に天下の内に二刀といふ流義なし、渠はじめて工夫して、自然に得たる天質の妙技也。某其極意を聞たる上からハ、此者を殺害〔せつがい〕して捨る時ハ、他に流義を請續〔うけつぎ〕たる人もなく、我家〔わがいへ〕の流義となる事疑ひなし。
夫故今ばん足下等〔ごへんら〕を招きて、其手段を廻らさんと思ひ、如此〔かく〕密事を明す也。もし又此事主君の聽〔きゝ〕に達する時は、後難も計がたし。密に謀て人乃義論をまぬかるゝ思案を廻し玉へと、言〔こと〕をたくみに述にける。
十八人の高弟、いづれも一度に横手〔よこで〕をうち、扨々驚入たる妙計かな。我々が輩〔ともがら〕つくづく宮本が人と爲〔なり〕を見るに、その生質大膽にして、如〔しか〕も寛量〔こゝろひろ〕く、礼を厚ふして敬ひ重んずる者にハ、猥〔ミだり〕に秘事〔ミつじ〕口傳を惜まずして傳ふ。かれ又己が流義の弘まる事を歓び、後にハ天下ことごとく二刀流となりなん。其時は先生の数月〔すげつ〕心志を労して傳へ玉ひしも、珍しからぬ者となり、徒に功なきのミならず、笑ひを國中〔こくちう〕の諸士に蒙り玉ふべし。扨渠を殺害して、後難をおそれ玉ふといへども、此事ハ申訳幾らも有べし。今戦國の時節、諸侯各〔をの/\〕、弓馬劔術鎗術の達人と聞てハ、遠方の士をも招き募〔つのる〕折から、國中に逗留して當家の弓矢の格式をも能々〔よく/\〕知たる者を、他国へ出す時ハ、後日〔ごにち〕の禍とも罷成べしと存じ、國のために遠き慮〔おもんはか〕りを以て殺害いたせし、と申上なば、殿にも敢て御咎ハあるまじ。何れの道、他国へ放ち遣すべき者にあらず。
白倉曰、しからバ如何〔いかゞ〕して殺すべきや。猪子内匠が曰、某今晩深更に及び、彼ものゝ寝雷〔いびき〕をうかゞひ、竊に寝所に忍び入、闇殺〔あんさつ〕すべし。
村山源右衛門、頭〔かしら〕を振て、不可なり容易也、先日渠が物語の叙〔つい〕でに、我本国に在し時、侠男〔うでだて〕を好む若士〔わかざむらひ〕数十人徒黨をなし、夜某が旅行の帰路を考へ、野中に待伏して執圍〔とりかこミ〕しを、難なく大勢を切倒し、危き所を脱れ家に帰りぬ、それより以後〔のちハ〕今に至るまで、十分に熟〔うま〕く寝入といへども、少しの物の響きにも驚駭し、秋風の木の葉を散す音にも夢さめ、夜ハふかく寝〔ねる〕事あたハず。現〔うつゝ〕のごとく物を覚へ居る事、わが近頃の僻〔やまひ〕なりといへり。紙門〔ふすま〕など押開〔おしあけ〕忍び入るを、彼安閑として有べきや。自然仕損じて身を傷ふのミならず、他國に走らせたる時は、諸人のために嘲り笑ハれ、渠も又此事を人に語り詈り笑ハん事疑ひなし。
貝沢万右衛門進出て、然らば明日の酒宴を幸に、毒薬を用ゆるには如じ。
白倉やゝ久しく黙然と眼〔まなこ〕を塞ぎ居たりしが、否毒薬ハ宜かるまじ。まづ毒薬といふものハ、庸醫〔やぶいしや〕ハ調合する事能ハず。又此事を輕々しく醫師などに物語り仕出〔しいだ〕し、露顯して人口〔じんかう〕にかゝるも、最〔いと〕快よからず。某一計あり。手を労せずして殺すべし。
幸ひわが家に湯風呂を作れり。一度に三四人づつ浴〔いる〕やうに普請させ、昨日までに出來せり。此は我身體〔からだ〕肥太りて、常躰〔つねてい〕の風呂口ハ狭くして究屈〔きうくつ〕なり。殊に家族も多ければ、二三人宛一度に浴〔いる〕ときは便利もよろ敷など、若黨等が申によつて、思ひ付たり。
明日新造の風呂を燒〔たか〕せ、酒饌を安排〔あんばい〕し、這斯〔きやつ〕に酒を薦め、多く醉せて後、かの風呂に浴〔いら〕すべし。其時何心なく風呂に入らば、下より強く火を燎〔たか〕せ、又水を容るゝ穴より、夥しく湯を沸して盪込〔つぎこミ〕なば、急に走り出んと、はたらくべし。其時、戸には後刺〔しりさし〕して開かざる様に拵置〔しつらひおき〕、いよ/\湯を加て熱湯を溢〔まし〕、きびしく燎立〔たきたつ〕るものならバ、酒氣内に盛〔さかん〕にし火氣外より蒸立〔むしたて〕、程なく身体〔しんたい〕痲痱〔なえしびれ〕て自在成がたく、熱湯のため皮肉爛れ傷〔やぶ〕れ、終に焦殺〔むしごろし〕となるべし。是手を動かさずして計るにあらずや。
然れども渠豪勢〔がうせい〕の者なれば、風呂を指上〔さしあげ〕て出んとする事も有べし。時には各〔をの/\〕精心を抖擻〔はげま〕し、風呂の四面を押へて破られざるやうにし玉へ。新に造りしが故に、板厚くして中々破りがたし。万一突出る事あらば、手を下すべし、といひけるにぞ、
一座の門人ミな雀躍〔こおどり〕してよろこび、寔〔まこと〕に先生の妙計、時に取て圖をはずさぬ。風呂ふき攻〔ぜめ〕なり。譬へ無三四、泉小次郎朝日奈が勇力〔ゆうりき〕あつても、熱湯に弱らずといふ理〔り〕あらんや。此上ハ宮本に悟られぬやう肝要なりと、其夜はミな/\帰りけり。
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【現代語訳】
宮本無三四、白倉を辞するの事
ならびに、白倉師弟、奸計の事 (承前)
白倉は、すぐに稽古場[ルビによる]の内に人々を呼び入れ、(他の者は)家僕に至るまで人を遠ざけ、ひそかにささやいて言うには、
「さても諸君、以前宮本に勝ちを取られたのだが、これをそのままにして彼を帰らせると、他国へ行って大言を吐きちらし、岡山で白倉と試合して打ち倒したなどと言われるのは、我が流儀の恥辱であり、あるいは国の名折れになると考え、また二つめには、彼の流儀の絶妙のさまがいかにも特別優れたところがあるので、その秘嚢を探り取るため、わざと甘言をもって誑らかし、彼の心を驕慢させた。すると案の定、我が目論見[ルビによる。策略]に陥り、すでに三ヶ月の間、きゃつめ[ルビによる。這厠は罵倒漢語]が夜も寝ないで自得した全てを取り出して、我ら師弟に伝授した。
しかるに、この者(宮本)には大望のこと[敵討ち]があって、明日ここを出立するという。それを、それがしがあれこれ言い含めて、明後日出発させようと一日延期させた。
そのわけは、この者を好き勝手に他国へ行かせると、話のついでに、「白倉源五左衛門は我が門弟にしてやった」などと言われるのも、いまいましい。ことに、天下の内に二刀という流儀は(他に)なく、あいつがはじめて工夫して、自ずから得た天質の妙技である。それがしがその極意を聞いた以上、この者を殺害してしまえば、他にその流儀を受け継いだ者もなく、我が家の流儀となることは間違いない。
それゆえ今晩、貴殿らを招いて、手段[宮本を殺す方法]を考えようと思い、このように密事を打ち明けたのだ。もしまた、このことが主君[浮田秀家]の耳に入ったりすると、後難があるかもしれない。ひそかに謀略して人の批判をまぬがれるよう思案をめぐらしていただきたい」と、言葉たくみに述べた。
十八人の高弟は、だれもがそろって横手を打ち[両手を打ち合わせ感心の身振り]、「さてさて、驚き入ったすばらしい計りごとです。我々[我々が輩は我々の意]が、じっくり宮本の人となりを見ますと、その性質は大膽にして、しかも寛容な心をもち、礼を厚くして尊敬し重んずる者には、密事[ルビによる。流儀の秘密]口伝をみだりに惜むようなことはせず、伝授する。彼はまた、自分の流儀が広まることを歓迎する者ですから、後には天下ことごとく二刀流となってしまうでしょう。そうなると、先生(白倉)が数ヶ月の間心志を労して(宮本から)伝受なさったのも、珍しくないものとなり、無駄に功なきのみならず、国中の諸士に笑われるでしょう。――さて、彼を殺害すると(主君から)後難の恐れがあるということですが、この申し訳[弁明]はいくらでもあります。《いまは戦国の時節、諸侯はそれぞれ、弓馬・剣術・鎗術の達人と聞いては、遠方の士をも招き募っている状況です。我が国に逗留して、当家(浮田家)の軍備仕様を知ってしまった者を他国へ行かせると、後日の禍いとなりかねないと存じ、国の将来を思って(宮本を)殺害しました》と申し上げれば、殿(秀家)もあえてお咎めはなさりますまい。どのみち、(宮本は)勝手に他国へ行かせるべき者ではありません」。
白倉が曰く、「しからば、どのようにして殺せばよいか」。猪子内匠が曰く、「それがしが今晩、深夜になって、かの者のいびき[ルビによる]を窺い、ひそかに寝所に忍び込んで、暗殺します」。
村山源右衛門は頭を振って、「だめだ。安易すぎる。先日、彼が話のついでに、《私が本国[肥後]にいた時、腕立て[腕自慢の勇猛]を好む若侍が数十人徒党をなして、私の旅行の帰路を考え、夜中に野原で待ち伏せして取り囲みましたが、難なく大勢を切り倒し、危いところを脱れて家に帰りました。それから以後は、今に至るまで、熟睡していても、少しの物音にも驚いて、秋風の木の葉を散らす音にも夢が醒め、夜は深く眠ることができません。まるで現実のようにあの記憶がある[フラッシュバックがありトラウマが解消できない]ことが、私の近ごろの病癖です》と言いました。(したがって)襖[ルビによる]などを押し開けて忍び入るのを、彼が安閑としているはずがない。当然、(襲撃者は)仕損じて、身を損なうのみならず、(宮本を)他国に逃がした時は、諸人に嘲り笑われ、彼もまた、このことを人に語り、罵倒し笑うことは、疑いありません」。
貝沢万右衛門が進み出て、「しからば、明日の酒宴を幸いに、毒薬を用いるのが一番よいでしょう」。
白倉は、やや久しく黙然と眼を閉じていたが、「いや。毒薬はよくない。まず、毒薬というものは、藪医者[ルビによる]には調合できない。また、このことを軽々しく医者などに話したりして、ことが露顕して世間の噂になるのも、まったく不愉快だ。(そこで)それがしに一計あり。手を労せずして殺せるのだ。
幸い我が家に湯風呂を新造している。一度に三、四人ずつ入浴できるように普請させ、昨日までに完成した。これは、私の身体が肥え太って、普通の風呂口では狭くて窮屈だし[これは語り手の滑稽味]、ことに家族も多いので、「二、三人ずつ一度に入浴できれば、便利もよろしい」などと、若党らが言うので、思いついたことだ。
明日、この新造の風呂を焚かせ、酒食を按配[用意]して、きゃつ[前出]に酒をすすめ、十分醉わせた後、かの風呂に入浴させる。そのとき、気を許して風呂に入れば、下から強く火を焚かせ、また大量に湯を沸して、水を入れる穴から注ぎ込めば、(宮本は)急いで脱出しようと動くはず。そのとき戸には尻刺[ルビによる。心張棒]をして開かないように拵えておき、(さらに)ますます湯を加えて熱湯を増し、猛烈に焚き立てれば、酒気は体内に高まり火気が体外から蒸し立て、そのうち身体は痲痺して、自由がきかず、熱湯のため皮も肉も爛れ破れ、ついには蒸し殺しとなるだろう。これが、手を動かさずして計るということではないか。
けれども、彼は豪勢の者であるから、風呂を押し上げて出ようとすることもあるだろう。そのばあいには、諸君は精心を励まし[ルビによる。斗藪はもと梵語漢訳仏語]、風呂の四面を押えて、(宮本に)突破されないようにしていただきたい。新しく造ったものだから、(壁の)板は厚く、なかなか破壊できまい。万一突破することがあれば、手を下すべし」と言ったので、
一座の門人はみな小躍りして[ルビによる]喜び、「まことに先生の絶妙の計りごと、状況をとらえて的を外さない。(これは)風呂吹き攻め[茹で殺し]だ。たとえ無三四が、泉小次郎・朝日奈[泉親衡・朝夷名義秀、ともに鎌倉期の武将。和田合戦で反北条、勇猛を示し敗走。吾妻鏡参照]のような勇力があろうとも、熱湯に弱らないというわけがあろうか。このうえは、宮本に悟られぬようにするのが肝要だ」と、其夜は(高弟ら)全員帰宅した。
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