
森忠政像 岡山県津山市 津山城公園
*【宮本村古事帳】
《忠政公様當國御初入之時、丹波路へ御通り被爲遊筋にて、俄ニ下之庄村九郎兵衛方本宅ニ御晝休被遊、其砌御目見申上、其節御判御書等頂載仕申候。家ニ傳り候》
*【宮本村古事帳の筋目】
○宮本武仁┬姉―(姉の子)┐
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└宮本武蔵 |
┌―――――――――――┘
|姉孫
└与右衛門┬九郎兵衛
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├七郎左衛門
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└仁右衛門
*【東作誌所収平田系図】
○平田将監───────┐
┌──────────┘
├平田武仁─平田武蔵掾二天
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└宮本武輔┬平田次郎左衛門
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└平田次郎太夫

「新免」武蔵玄信 小倉碑文拓本
*【下庄村古事帳の筋目】
○┌宮本無仁―宮元武蔵
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└無仁妹 宮元
├―――与右衛門―┐
衣笠九郎次郎 |
┌―――――――――――┘
└九郎兵衛―七郎左衛門―┐
┌――――――┘
├七郎左衛門
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└仁右衛門
*【下庄村古事帳写】 《宮元武蔵九拾年已前ニ、當国出行仕候。其時分、家之道具・系圖・證文等、与右衛門ニ渡シ、其後、九郎兵衛請取、此者耕作勝手ニ而、宮本村ヨリ拾丁斗下へ罷出、農人仕居申候》
*【宮本村古事帳写】 《武蔵牢人之節、家之道具、十手・三ツくさり・すやり、家之系圖、姉孫与右衛門ニ渡し置候由》

宮本搆址 昭和30年代 岡山県美作市宮本

平田武仁夫婦の墓 天正八年の刻字がある

平田武助子孫の家 岡山県美作市宮本
*【東作誌】 《武藏姉あり。衣笠九郎治と云ふ者を、平田無二、養子として家を繼がす。委くは平尾系圖に見ゆ》
*【平尾氏總領代々書付】 《其子五郎左衛門、其子五郎左衛門、其子太郎右衛門と申、此時に下町竹山城の新免伊賀守領分成に付、以後宮本へ浪人仕居侯、故在名を以て宮本無仁と申候。其子武藏と申、此親子共に望有之に付、武藏姉と衣笠九郎次と妻合、家を繼し、其子與右衛門と申、其子九郎兵衛…》
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