伊藤一刀齋
伊藤一刀齋が都にゐる時、或る一人が勝負を望んで來たが、忽ち一刀齋に打ち負けて弟子となつたが、この者腹の中では無念殘念でたまらないが、表面は柔順にして仲間四五輩を連れて來て同じく門弟として術を學んでゐた。
或る夜のこと、各々、酒肴等を携へて一刀齋の許へ來てすゝめもてなしたので一刀齋も機嫌よく御馳走をうけて快く醉ひ伏して了つたから、これ等の者共も暇を乞うてそのまゝ立ち歸つた。
しかしこれは計略で、かねて一刀齋には一人の愛妾があつて何事も心を許してゐたが、この妾を惡黨共が樣々に欺き賺〔す〕かして味方とし、自分達が一刀齋を酒に醉はせて寝かせて了ふとやがて右の妾に一刀齋の大小を盗み隠させてしまつた、そこで今は心易しと夜中過る頃に一同がそつとやつて來ると、彼の妾は戸口をちやんと開けて置いた。
そこで直ちに一刀齋が寝所へ斬り込んで行つた。
折柄夏のことであつたから、一刀齋は蚊帳を吊つて寝てゐた、惡黨共は入りざまに蚊帳の四ツチ丶を切つて落した、驚いた一刀齋は枕許をさぐつたが兩刀が無い、ハツと思つてゐる前後左右より透きもなく斬りかゝるのをこゝにくぐり、かしこにひそみ、やうやう蚊帳を這ひ出し、宵のうちの酒肴の器が手に觸つたところから、當るに任せて向ふものに續け樣に投げうち、そのうち飛びかゝつて一人の惡黨の持つたる一刀を奪い取つてしまつた。
今まで無手でさへも手におへなかつた一刀齋に今は刀を持たせたことであるから虎に翼を添えたるが如く、當るを幸に斬りまくる、何かはたまるべき、忽ちに惡黨共深手淺手を數知らずうけ、今は叶はじと各々手負ひを助けて逃げ去つてしまつた、裏切りの妾も同じく行方が分らない、一刀齋は類ひなき働きをしたけれども、女に心を許したのを恥かしく思つたのかその日都を出でゝ東國に赴いたといふことである。
また東國で一人の浪人が「地摺〔ぢずり〕の晴眼」といふ太刀をおぼえ、これに勝つ者は無いと思ひ込んでいたが、有名な一刀齋に會つて、
「この地摺の晴眼の止めやうがございましたら御相傳下されたい。」
と所望した、一刀齋は、
「成るほど、それはある、傳へ申してもよろしい。」
と請け合ひながらそのことを果さずにまた他國へ出かけて了はうとする容子が見える。そこで浪人が心のうちに思ふには、
「一刀齋もあゝは答へたものゝ、この太刀を止めることは出來ないからこのまゝで逃げようとするのだ。」
と思ひ込み、一刀齋の立ち出ずる途中に出迎へして行手に立ち塞がるやうにして、
「日頃所望の地摺の晴眼の止めやう、御傳授のないことは殘念千萬でござる、只今、御相傳下さるべし。」
といふまゝに刀を拔いて彼の地摺の晴眼でするすると仕かけて來た。
その時一刀齋、物をも云はず拔きうちに切ると見えたが、彼の浪人は二つになつて倒れ伏して了つた、地摺の晴眼止めやうの傳授は地獄のみやげにしかならなかつたのである。
(撃劍叢談)
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