(2)はやく心を捨て、敵のおもはざる利にて勝事
この「四つ手を放す」テーゼは、集団戦(大分の兵法)にも、個人戦(一分の兵法)にも、共通して該当する原則である。
四つ手の心、張り合う心に留まっていては、膠着してうまく事が運ばず、戦闘人員も多く損耗することになる。だから、早くその気持を捨てて、敵の予想もしない手を打って勝つことが、集団戦において第一に重要なことである、と。
合戦において、敵我互いに張り合って、押し合いを繰り返す拮抗膠着状態になると、兵員の損耗が激しい。《人も多くそんずる事なり》である。この点、武蔵はきわめて合理主義的である。敵我拮抗して、兵士がどんどん戦死する状況で、もっとがんばれ、とは云わず、そんな膠着からさっさと離脱しろ、というわけである。
武蔵流兵法は、むやみな精神主義、根性主義とは違うのである。
一分の兵法の場合でも同様で、四つ手になったと思えば、ただちに自分の心を変えて、敵の位、つまりここでは敵の態勢を把握したうえで、まったく違った別の手を打って勝つこと。――これが武蔵の教えである。
この条文では、このテーゼのために、同じ趣旨の教えが三回繰返されている。
《其まゝ心を捨て、別の利にて勝事》
《はやく心を捨て、敵のおもはざる利にて勝事》
《其まゝ心をかへて、敵の位を得て、各別かはりたる利を以て勝をわきまゆる事》
ただし、これは基本的な心得であって、何をどうするかという具体的な話はない。どちらかと言えば、五輪書向けに、つまり一般向けに提示されたテーゼである。
肥後兵法書で用いられている類似の比喩は、右掲の「弦をはづすと云事」であろうか。五輪書が「張り合う」心であるのに対し、こちらは心が「引張事」、つまり引っ張り合う状態である。弦は弓の弦である。これを比喩として、引っ張り合う状態を「はずす」、解くことを教えている。
しかしこの「弦をはづす」では内輪のジャーゴンのようなもので、あまり分かりよいとは言えない。五輪書の「四つ手を放す」という話の方が、世間一般向けである。
「四つ手」のほうが解りよいというのは、連歌との関係もある。「景気」という語もそうだが、武蔵は五輪書でしばしば連歌語彙を用いている。ここでの「四つ手」には、上述の意味のほかに、連歌でいう意味合いもあろう。
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この部分の校異の問題では、筑前系諸本に、
《四手のこゝろにあれバ、はかゆかず、人も多くそんずる事なり》
として、「人も多く」としているところ、肥後系諸本では、ここを「人の」としており、両者に語句の相違がある。
ここは、筑前=越後系諸本に共通して、「人も多く」と記すところから、本書の初期形態は、筑前系写本の「人も多く」であったと想定しうる。肥後系の「人の」は、「多く」という語句の脱字があったあと生じた変形であろう。しかも「人の」というあたりが、やや奇態で、語呂もよくない。これは、「も」を「の」と誤写したものである。すなわち、
「人も多くそんずる」
→「人もそんずる」(脱字)→「人のそんずる」(誤写)
というプロセスである。脱字と誤字の二段階・二重の誤記変換である。
これが、早期に派生した系統の子孫たる富永家本を含めて、肥後系諸本に共通して存在するところから、これは早期に発生した変異である。ただし、これが寺尾孫之丞段階ですでにあったかというと、そうではない。上記のように、その変換が二重であるからだ。これは門外流出後に書写されているうちに発生した誤記である。
ところで、従来の現代語訳で奇妙な現象が生じた。それは、細川家本も、肥後系写本ゆえ、《人のそんずる事也》として、「人も多く」とはしないのであるが、細川家本を底本にしたと称する戦後の現代語訳には、原文にはあるべくもない「人も多く」が出現していることである。
戦前の石田訳は、見ての通り、「軍勢を損傷する」として、細川家本に忠実な訳である。しかるに戦後になると、まず、神子訳が、「兵員を多く失う」として、何と「多く」という語句を入れたのである。
続いて、岩波版注記は、この神子訳をうけて、「味方の人員の損害が大きい」とした。もちろん、神子や岩波版編注者が、筑前系諸本の《人も多くそんずる》という語句の存在を知っていたわけではないから、これは偶然のことである。文意を強調するために、細川家本にはない、「多く」や「大きい」という語句を入れたにすぎない。
その後の大河内訳は、岩波版注記のパクりであり、鎌田訳は、神子訳と岩波版注記の両方を取り込んでいるにすぎない。しかも、《はかゆかず》とあるのを、神子訳が、「決着がつかず」と胡乱な誤訳をしたのだが、それを、両者はご丁寧にもそのまま転記しているのである。
しかし、かくして、戦後の現代語訳は、自身の底本であるはずの肥後系細川家本ではなく、筑前系諸本の文意を実現してしまった。恣意的というしかない脱線した誤訳が、結果として、正しいテクストを示すに至る。これは何とも不可思議な光景であり、五輪書翻訳史上の珍事というべきであろう。
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耳川合戦図屏風 部分
*【肥後兵法書】 《 弦をはづすと云事 一 弦をはづすとハ、敵も我も心引張事あり。身にても、太刀にても、足にても、心にても、早くはづすもの也。敵思ひよらざる所にて、能々はづるゝものなり。工夫有べし》
*【吉田家本】
《はかゆかず、人も多くそんずる事なり》
*【中山文庫本】
《はかゆかず、人も多く損ずる事也》
*【鈴木家本】
《はかゆかず、人も多くそんずる事なり》
*【立花隨翁本】
《はかゆかず、人も多く損ずる事なり》
*【赤見家甲本】
《はかゆかず、人も多く損ずる事なり》
*【近藤家乙本】
《はかゆかず、人も多く損ずる事なり》
*【石井家本】
《はかゆかず、人も多く損ずる事也》
*【楠家本】
《はかゆかず、人のそんずる事也》
*【細川家本】
《果敢ゆかず、人のそんずる事也》
*【富永家本】
《はかゆかず、人のそんずる事なり》
*【現代語訳事例】
《渉ゆかず軍勢を損傷するものである》(石田外茂一訳)
《決着がつかず、兵員を多く失うものである》(神子侃訳)
《決着がつかず、人員の損害が大きくなる》(大河内昭爾訳)
《決着がつかず、味方の人員を多く失うものである》(鎌田茂雄訳)
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