○此条諸本参照 → 異本集
*【正法眼蔵・嗣書】
《佛佛かならず佛佛に嗣法し、祖祖かならず祖祖に嗣法する、これ證契なり、これ單傳なり。このゆゑに無上菩提なり。佛にあらざれば佛を印證するにあたはず。佛の印證をえざれば、佛となることなし。佛にあらずよりは、たれかこれを最尊なりとし、無上なりと印することあらん。佛の印證をうるとき、無師獨悟するなり、無自獨悟するなり。このゆゑに、佛佛證嗣し、證契すといふなり。この道理の宗旨は、佛佛にあらざればあきらむべきにあらず》
*【打あひの利の事】 《此打あひの利と云事にて、兵法、太刀にての勝利をわきまゆる所也。
こまやかに書記すにあらず。(能)稽古有て、勝所を知べきもの也。大かた、兵法の実の道を顕す太刀也。(口傳)》(水之巻)
*【一つの打と云事】 《此一つの打と云心をもつて、たしかに勝所を得事也。兵法よく学ざれば、心得がたし。此儀、よく鍛錬すれば、兵法心のまゝになつて、おもうまゝに勝道也。能々稽古すべし》(水之巻)

吉田家本 水之巻末尾三段
*【肥後兵法書】 《一 期を知ると云事 期を知るといふハ、早き期を知り、遅き期を知り、遁るゝ期を知り、遁れざる期を知る。一流に直通と云極意の太刀あり。此事、口傳》
*【立花峯均相伝証文】 《就中、於空之巻、先師達其意を顕し置るゝといへ共、深理妙慮ハ、言葉にわたらず、筆に及バず、意より意に傳ふ、直通すなハち空、空即直通也》
*【立花増寿相伝証文】 《表五つを楹とし、兵法の身を常の身になして、朝鍛夕練して心體圓満と成て、千変万化蹈破して見よ。空をのづから備る所、直通也》
*【戒示三ヶ条】 《一 依執心、打合之利、令相傳、三巻之書相渡置候。猶謹て御執行有之、直通之位に可被至、志を忘申間敷事。(後略)》
*【兵法先師伝記】 《先師二十五歳ノ頃ヨリ一流ヲ立ラル。此時已ニ空ノ意ヲ得ラレ、直通ノ位ヲ立ラレシカ共、イマダ壯年ノ事故、不易ノ道ニ至ラレザリシガ、五十歳ニ至リテ、今ノ五方ノ構其兵法ノ正シキ道ヲ成就セラレケル》《又當流ノ兵書トテ世間ニ所持スル者有リ。或ハ江戸ノ古書物屋抔ニテ求メ來リタルコトモ有リ。是ヲミルニ、我五卷ノ書ノ如キ正シキ事ナク、成程空ノ事ヲアラハシ置レ、直通直通ト所々ニ記シ置レシ事アレ共、今傳來ノ五卷ノ書トハ格別ノ違ナリ。其時先師、名乗義經ト書キヲカル。先師ノ年若キ時、我武勇源義經ニ比ストイハレシガ、直ニ義經ト号セラレシト言傳フ。彼世間ニ有ル卷物ヲ見レバ、是ハ偽説ナラズト聞ユ》
*【兵道鏡】 《直通之位之事
直通之位(と)云ハ兵法之魂也。前の太刀数共ハ、皆是人の躰の如くなり。是より外にいる事もなし。又のくべき事もなし。勿論時によりて、少も出合ざる事もあれども、又いらでかなはざる事あり。縦バ、眼耳鼻舌手足などの様に作りおきたる物なれバ、此内一つのきても、かたはになるべし。又爰に云太刀数、皆流通自在におぼへぬれ共、直通の心魂なけれバ、狂気醉人、證なき者におなじ。何の太刀も追取先をかけ見るに、敵打処のほし、見ゆる物なり。其時、合太刀あはざる太刀を見分、間よく積り目を見開、一念におもふ所のほしを少もたがへず、縦大地ハ打は(づ)すとも、此太刀努々はづるゝ事なかれと心に念じて、物おそろしき氣をすて、爰こそ直通の一打の所なれば、力にまかせて打べし。又敵を取心も同じ事なり。太刀よく積たらバ、早手に取つきたるとうれしく思ひ、いかほどもふかくかゝるべきなり。直通の心魂なき太刀を死に太刀と云也。能分別して見るべし。まくるには、すさりてもまくるなれバ、爰を以て見るに、まくべき子細なし。奥と云、是より奥もなし、口と云、是より口もなし。されバ、大師、高野山奥の院をたてんと、山深く分入て、おもへば、いまだあさし。奥の院と云なれバ、なを深くたづね上り、ゆき/\て見れバ、又家村近く見ゆる。さて、よめり、
中/\に人里近くなりにけり、あまりに山の奥をたづねて、
となり。おく奥(に)あらず。口くちにあらず。兵法大智の我なれバ、たづねさぐるにきどくなし。ちんへんきどく皆惡し。直通の心肝要なり。仕合してまけたる事なきなれバ、他流のきどくいらぬ物なり。教外別傳たり》

肥後兵法書 「二天一流兵法三十五箇條」 実際には三十九ヶ条版

天仰實相圓滿兵法逝去不絶 小倉武蔵碑 頭冠部
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