宮本武蔵 サイト篇
Real and/or Virtual Sites Guide
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略伝年譜
出身地は
武蔵とは
資 料 篇
サイト篇
坐談武蔵
生國播磨の武士、新免武藏守藤原玄信、年つもりて六十。我若年の昔より兵法の道に心をかけ、十三歳にして始て勝負をす。其あひて新當流有馬喜兵衛と云兵法者に打勝、十六歳にして但馬國秋山と云強力の兵法者に打かち、二十一歳にして都へのぼり、天下の兵法者に逢、数度の勝負を決すといへども、勝利を得ざると云事なし。其後國々所々に至り、諸流の兵法者に行合、六十餘度迄勝負をすといへども、一度も其利をうしなはず。其程、年十三より二十八九迄の事也。 (五輪書・地之巻)
[ サ イ ト 篇 ]   目  次

 宮本武蔵に関するサイトは少なくない。とくにコミックや大河ドラマの影響か、近年また増えている。それらは我々の時代の「武蔵現象」を要約しうるであろう。
 しかし我々の所見では、Web上のサイトだけがサイトではない。この地球的電脳網時代、まさに 現実の場所・土地こそ、「現場 Site」であることが忘れられていないか。
 そこで、虚実一如というテーゼを反転して、虚に実を追加してみよう。さまざまな武蔵に関するサイトをガイドしてみるが、我々の試みは、このReal and/or Virtualの区別をさして厳密にすることなく、それらを一堂に集め、一覧することである。
 ここでは従来情報の少なかった播磨の武蔵関係地を徹底ガイドし、諸氏の現地探訪の便ならしめるとともに、Web上の武蔵関連諸サイトに寸評を加えて、それらをガイドすることにしたい。

下欄各タイトルをクリックすれば、それぞれのリンク先へ移動する

 武蔵の産地
 揖東郡宮本村 

 武蔵は生れを「生国播磨」と記しているが、その播磨のどこなのか、地元の学者・平野庸脩による『播磨鑑』〔はりまかがみ〕は、出身地を記している。それが「揖東郡宮本村ノ産也」である。ここは秘境たるべきであるとの声が武蔵マニアにあるが、あえてしかも詳細に案内する。他に、黒田官兵衛、「悪党」で有名な峯相記など当地関連事蹟をディープに探訪。

 赤松氏根拠地
 赤穂郡赤松村 

 武蔵は新免氏・藤原姓を名のったのに、小倉碑文など早期の伝記以来、武蔵は「赤松末葉」ということになっている。ならばこそ、赤松氏とはそもそもなんぞや、という問いがある。ここでは武蔵出自伝説にからむ誤謬を匡し、赤松氏根拠の地、赤松村周辺を案内。近隣の寺田法念所縁の矢野荘、そこにあった伝武蔵作相撲図絵馬のこと、室津や赤穂へも。

 武蔵が教えた
 龍 野 城 下 

 龍野は宮本村近隣の町。姫路城主本多忠政二男・政朝、あるいは明石城主・小笠原忠政の甥・長次が領主となった時期があり、武蔵ゆかりの城下町。そのほか円明流の発祥地として、九州の武蔵道統諸流とは異なる伝系を残す土地。ここでは東軍流・三宅軍兵衛との試合や、赤松広秀と藤原惺窩にも話は及んで、武蔵の播州での足跡を紹介する。

 武蔵ゆかりの城下町
 姫 路 城 下 

 武蔵は姫路城主本多家に縁あり、養子三木之助を忠政の嫡子・忠刻の近習として仕えさせた。殉死した三木之助の宮本家その後、あるいは塩田浜之助、武蔵道統の柴任美矩・吉田実連のこと、黒田家前史遺跡など、姫路関係の話題満載。また当会がその名を借りた播磨武蔵、桶居山天狗伝説などマニアックな武蔵伝説についても徹底ガイド。武蔵とその関係者ゆかりのご当地案内を2ページ分。附録に黒田家前史小論。

 養子伊織関係地
 印南郡米田村他 

 武蔵の養子・宮本伊織は故郷の神社再建に関わり自撰の棟札を遺した。隣村平津村住人・平野庸脩の『播磨鑑』にも伊織の記事あり。ここでは、伊織関係地として、米田天神社および泊神社に加え、「元来、三木侍」という伊織父祖ゆかりの三木の墓、あるいは母の里・垂井庄、そして田原氏の原郷・田原村を案内するという前例のないディープなガイド。

 武蔵・伊織所縁の
 明 石 城 下 

 武蔵は壮年のころ小笠原忠政の客分になって明石に住み、またその縁で伊織を養子にした。武蔵が明石の町割りをしたという伝説もある。また円珠院・本松寺・福聚院など、数箇所に武蔵作という庭がある。ここでは、それら武蔵ゆかりのスポットをガイドし、さらには明石で没した武蔵孫弟子・柴任美矩に関する最新研究の公開などディープな話題が豊富。


 播磨説・美作説の境界線
 佐用郡平福村 

 武蔵の生母が、利神城に拠る別所林治〔べっしょしげはる〕の娘・率子〔よしこ〕であったという説がある。平福は、まさに播磨説・美作説の境界線。武蔵13歳の最初の決闘地はここだ、ともいう。
 現・兵庫県佐用町平福。この平福には因幡街道の古い町並みが残る。行って損はない場所である。ここでは当地への道案内をする。

 美作出生説の地
 作州宮本村 
     【準備中】

 美作説のご当地、宮本村。かつて支配的通説では、ここが武蔵出生地とされていた。まさにそれはリアルというよりも、ヴァーチャルなサイトである。観光化されたその「武蔵の里」は吉川英治『宮本武蔵』ワールドと言うべきかもしれない。近代の武蔵現象を知るにはある意味で必見。ここでは、当地の宮本武蔵関連の「遺跡」をディープに案内する。


以下は本来のvirtualなサイト、WebSiteのガイドである。勝手にリンクしているところもあるので、
異議のある向きは、リンク不同意の旨を連絡されたし。ただちにリンクは停止されるであろう。

 岡山県美作市
 武蔵の里 

言わずと知れた美作説のご当地「吉野郡宮本村」。しかもまさに「武蔵の里」である。吉川英治の小説『宮本武蔵』がリアライズされた武蔵ワールド。ある意味で素朴で真面目なサイト。

 岡山県大河ドラマ『武蔵』推進協議会
 MUSASHIの生まれ育った国 

前者とは対照的に凝りまくったデザイン。NHK大河ドラマの推進協議会というが、けっこう内容は充実していて、岡山県版武蔵総合サイトの観あり。ただし史実というより吉川英治の「宮本武蔵」。

 龍野観光協会
 剣豪宮本武蔵修練の地 

武蔵産地播磨説のうち宮本村説も公平に紹介。龍野市内には、武蔵が滞在し弟子たちに指南したという伝説の圓光寺があり、宮本武蔵修練之地碑が建つ。こちらは「修練」の地をアピール。

 たつの市
 歴史文化資料館 

有名な宮本武蔵守義軽・義恆名の文書、「兵道鏡」、円明流の系統図ほか多田家・円明流関係史料を所蔵する。ネット上で円明流関係史料を公開中。研究者ならずとも一覧あるべし。

 吉川英治国民文化振興会
 吉川英治記念館 

小説『宮本武蔵』の作者・吉川英治の記念館。現・東京都青梅市内の、吉川英治が戦時中疎開生活を送った旧居あとに建つ。吉川英治に関する資料を保存・展示している。

 (財)永青文庫
 永青文庫美術館 

東京目白台にある財団法人永青文庫の美術館。肥後熊本藩主細川家の厖大なお宝を収蔵・展示する。宮本武蔵関連遺品に関しては他に絶し、最強と謂うべし。

 熊本県
 熊本県立美術館 

県立美術館本館の肥後熊本藩主細川家の第16代当主・細川護立コレクション。宮本武蔵「鵜図」「紅梅鳩図」「蘆雁図屏風」などを観ることができる。

 (財)島田美術館
 島田美術館 

熊本市内にある私設美術館。宮本武蔵関連の絵画などを常設展示。宮本武蔵筆の「枯木鳴鵙図」「蘆雁図」のほか、二刀流姿の有名な肖像画もここにある。

 岡山県
 岡山県立美術館 

岡山市にある県立美術館。宮本武蔵筆の「周茂叔図」「遊鴨図」「鵜図」「茄子図」「竹雀柳燕図」「達磨図」など主要作品を収蔵。残念ながら常設展示ではない。展示を確認してから行くこと。

 武蔵の里五輪坊
 武蔵資料館 

美作説ご当地の「武蔵の里五輪坊」内にある武蔵関係の資料館。宮本武蔵筆という「達磨頂相図」が目玉、ほかに戦前から蒐集された展示物も多く、資料館として充実している。

 松本忠也
 宮本武蔵玄信伝 

古くからある武蔵サイトのひとつ。『丹治峰均筆記』所収の武蔵伝記「兵法大祖武州玄信公伝来」その他の史料が解説・校注付で読める。親サイトには《考証巌流佐々木小次郎》があるとか。

 武蔵サイト・リンク集
 宮本武蔵勝手網羅集 

宮本武蔵サイトとページの網羅的なリンク集。現在どんなに多くの関連サイトがあるか、これをみればわかる。無作為に収集編集されているので、ある意味で客観的なスタンスが一貫している。

 剣豪武術家逸話集
 日本武術神妙記 

大長編小説『大菩薩峠』の作者・中里介山による剣豪武術家逸話集。多くの作家たちが参照した剣豪小説のネタ本。宮本武蔵をはじめ、日本の剣豪武術家たちの伝説を列挙。初版本の覆刻。

 播磨武蔵研究会
 宮本武蔵 

播磨武蔵研究会の宮本武蔵研究プロジェクト・サイト「宮本武蔵」は、インターネットのラディカルな理念により基本的にリンクフリー。当サイトにリンクするにあたり、バナーが必要な向きは、左掲のものを(許可なく)使用されたい。



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