宮本武蔵 資料篇
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[資料] 繪本二島英勇記 巻之六  Back    Next 

 湯殿に閉じ込められ、蒸し殺しにされそうになった無三四だが、そこはそれ、英雄主人公のこと、敷居もろとも戸を蹴破り、素っ裸で外に躍り出てくる。このあたり無三四は、いわばチンポを振り立てた、文字通りファリックなモンスター、男根的怪物である。
 怒り狂った無三四は、蹴破った戸の敷居を手にして、まず一番に白倉を襲い、頭骸骨を粉砕して殺す。さらに、死体から取った刀で、立ち向かってくる弟子たちを殺傷すると、残りは門外に逃走した。
 無三四は素っ裸なので自分の衣服をを探すが、見つからないので、しかたなく、そのへんに干してあった浴衣を着る。これは、抜き身の刀の鞘を探して、死骸からそれを取って、刀を鞘に納めるというエピソードが、さりげなく記されていることからも確認できることだが、裸体が浴衣を着る/抜き身の刀=ファルスを納めるというファリックな軸線上でのことである。
 さらに白倉の嫡子、少年武三郎が「親の仇」と、無三四に挑むのを斬り殺す。すると、こんどは「夫の仇、愛児の仇」と重ね重ねの敵討ちに、薙刀を手にして迫る白倉の妻をも、その手首を切断して悶絶させる。門外に逃げた弟子たちは、それでも気を取り直して、再び無三四にかかってくるが、これも敵ではない。
 しかし、それで済むはずはない。近隣の諸士がこの騒ぎを聞きつけ、表門の前には浮田家中の豪傑数十人が武装して待ち構えている。そこで無三四は裏から逃げようとするが、竹垣を潜って出ると、そこにも武装した一団がいた。絶体絶命である。
 無三四は、そこで演説をはじめる。この殺傷事件を起した理由を最初から説明し、また事ここに至っては自殺するほかないが、自分は実父の敵討ちをする任務がある。どうか見逃してくれとまで言うと、それが功を奏し、無三四は現場から逃走できた。(文中補記に、城主浮田秀家が白倉一門の所行に怒り、関係者を処刑したとするが、これを略すとして作者が断りを入れているのも面白い。つまり話はいくらでもある)
 しかし前日、明日は出発には悪日だと白倉は言ったのであったが、その通りになった。しかも悪日だと語った本人にとっても、これは人生最悪の日になる、という因果応報の予告的返しが物語の匿し味である。
 逃走する無三四は播磨路を東へ向かうが、途中で考え直し、追っ手の追撃をかわすために、逃走路を変更して山中へ逃げ込むことにし、北へ向かう。霜月で季節は真冬、厳寒の中無三四は山中深く迷い込む。しかし身には浴衣一枚、飢えと寒さで、これまたピンチ。旅の荷物もないから、逃走資金もない。ファリックなモンスターは窮地に追い込まれて、みじめな乞食同然である。
 このあたりは、前巻からの引き続きで、寒暑/冷熱の対位法的構成が一貫しており、あるいは飽食/飢餓の対立的構図までしつらえて、作者はなかなかの手際をみせる。しかも、(寒さをしのぐために)巨漢無三四が、辻堂の小さな厨子の中にもぐりこむのだが、ここでも、地蔵菩薩像を外に出して、自分がその代わりになるという構図の一方、同時に、いわば英雄は母胎回帰しては新生するという人類学的な文法を踏まえて、すなわち、作者の神話学的な組立てが明示されるのである。むろん、白倉が無三四を閉じ込めた湯殿に対し、山中で無三四が自分から籠るこの厨子が、意味の反転した同じ物の反復である点を指摘するのは、蛇足というものであろう。
 さて、子宮であるところの厨子の中で寝入った無三四は、目が醒める。辻堂の外で火を焚く物音や人声がする。様子を窺うと、連中は三人の大男で、どうやら盗賊の一味のようで、婦人を誘拐してここまで来たらしい。無三四は「しめた」と思う――常人なら、凶悪な連中と見ては、逆に震えあがって敬遠するが。
 飢えと寒さに苦しむ無三四は、この強盗どもから、食物と衣服、それに金銭を強奪するつもりなのである。厨子から躍り出た無三四は、まず盗賊らの弁当箱をひったくり、あっというまに二人を斬り殺す。
 そうして、残る一人をつかまえて、何者の手下か白状させる。首領は備前三ツ石の不動の権太郎、とすれば、すでにこの地名は、父吉岡の関連で提示されていた。また、婦人には、安心してよい、自分は宮本無三四という者だと名のり、盗賊を殺したのは彼女を救うためだと説明する。婦人は、誘拐されたうえに、目の前で凶悪な大男が殺害されるのを目撃してしまって、恐怖におののいていたが、無三四の話で、これは味方と知って安堵し、ついでに作州高田にある自分の家まで送ってくれないかと無三四に頼む。そうしてくれたら、夫も喜ぶし、もちろんお礼に衣類や金銭も差上げることができるが、どうだろうと。
 無三四は、婦人のこの依頼に、むしろ喜んで、人を助けて人に助けられるという互酬的交換を承諾し、婦人を家まで送ることにする。そこで、生かしておいた盗賊に婦人を背負わせ、夜明け近いころ山を下りる。
 その日の夕暮れ、高田近くまで来たとき、婦人を背負って来た盗賊が、もう近くまで来ているから、自分は帰りたい、解放してくれと、無三四に懇願する。無三四は婦人をおろさせ、そして「おまえには莫大な褒美をやろう」と云って、その盗賊の頭を真っ二つに切り裂いて殺してしまう。そうして、その夜、婦人を家まで送り届ける――というところまでが本巻の話。
 この巻は、誘拐され縛られ猿轡をされた婦人(これは白倉の妻の対立物)を出して、あるいは無三四に無情な殺害をさせたりして、読本特有のSM的でピカレスクな様相も顕著である。しかしながら、それよりも、すでに述べたように、神話学的光景が連続するのを見逃せない。言うならば、物語分析を十分満足せしめるこの小説の白眉のひとつは、まさにこの巻にある。

 
   卷之六 目録
 【原 文】

繪本二島英勇記 巻之六
    目 録

  宮本無三四危殆〔あやうき〕を遁る事
    宮本無三四浴室を打破る圖
    無三四白倉を撃の圖
    白倉之妻子無三四と接闘の圖
    無三四籬を超て重圍を脱るゝ圖
  宮本討兇賊於山中事
    兇賊〔ぬすびと〕燎火の圖
    宮本盗賊〔たうぞく〕を斬の圖
    潑賊〔こぬすびと〕婦人を送還す圖

 【現代語訳】

絵本二島英勇記 巻之六
    目 録

  宮本無三四、危機を遁れる事
    [絵]宮本無三四、浴室を打ち破る図
    [絵]無三四、白倉を撃つ図
    [絵]白倉の妻子、無三四と闘う図
    [絵]無三四、籬を超えて包囲を脱れる図
  宮本、兇賊〔ぬすびと〕を山中に討つ事
    [絵]兇賊、火を焚く図
    [絵]宮本、盗賊を斬る図
    [絵]小盗人、婦人を送り還す図


巻之六 1
1 ・・ 巻之六 ・・  

巻之六 1/2
2 ・・ 巻之六 ・・ 1

巻之六 2/3 宮本無三四打破浴室之圖
3 ・・ 巻之六 宮本無三四打破浴室之圖 ・・ 2

巻之六 3/4
4 ・・ 巻之六 ・・ 3

巻之六 4/5 無三四撃白倉之圖
5 ・・ 巻之六 無三四撃白倉之圖 ・・ 4

 
   1 宮本無三四危殆を遁るゝ事(1)
 【原 文】

   宮本無三四危殆〔あやふき〕を遁るゝ事

 既に無三四は、白倉が毒手〔どくしゆ〕の奸計に陥いるといへども、僥倖にして死に至らず、斯る毒熱の中にあつて、苦痛〔くるしみ〕に堪、たち/\浴室をうち破ると見えしかバ、十八人の門弟等しく風呂の四方を押へ、破られじと爭ふといへども、難なく戸板を踏くだく。
 此勢ひに風呂の戸閫〔しきゐ〕両方一度に帯抽〔ほぞ〕はづれ、閫〔しきゐ〕は外に蹶とばしたり。無三四透さず玉をなしたる煮湯を、両手をもつて酌かけ、両足にて蹶かけしかば、湯の迸り四方八方に散乱し、破りたる風呂口より湯氣の煙熅〔ほとぼり〕雲の湧出るごとく、眞白に成て吹出せしに、湯殿の裏〔うち〕闇夜のごとく、これがために僻易して、師弟一度に庭の方にかけ出たり。
 無三四赤裸にて跳り出、蹶はなしたる戸閫〔しきゐ〕を拾とり、眞額〔まつかう〕にさしかざし、庭中〔ていちう〕に飛下り、先〔まづ〕一番に白倉を目がけ、飛鳥〔ひてう〕のごとく飛かゝる。其形状〔ありさま〕ひとへに裸形の韋駄天〔いだてん〕のごとく、叫ぶ聲虚空にひゞき、眼光星の光に彷彿として、憤り胸に満ち、その上乱れたる髪、面上〔めんじやう〕にちり懸り、まことに此世界の人とハおもハれず。
 流石に暴悪〔ぼうあく〕の白倉も、身の毛いよだち恐しく、抜たる白刄〔はもの〕引〔ひつ〕さげながら、廣庭の方へ迯出す。
 無三四後の方より逐ひ逼り、拝ミ撃に白倉が脳後〔なふご〕より百會〔ひやくえ〕を臨んで打居〔うちすへ〕たり。大力〔だいりき〕といひ憤りと云ひ、何かハもつて溜るべき。脳骨〔なうこつ〕碎けやぶれて、面門〔めんもん〕に血迸しり、二言といはず死したりけり。
 十八人の門人は、白倉が最期のありさま、電光よりも疾く、援〔すく〕ふ間もなかりしに、粗膽〔あらぎも〕とられ、迯足〔にげあし〕に成て見へたるところに、貝沢万右衛門大音をあげて、いかに面々、目前に師匠を討れ、そのまゝに助け帰す謂れなしと、雀躍〔こおどり〕して切付る。無三四は持たるところの戸閫〔しきゐ〕を、貝沢が目鼻を照らしなげ付れバ、あやまたず鼻ばしらの上に投當られ、眼くらミて倒れ臥す。
 その隙〔ひま〕に白倉が死骸に携へたる刀を奪ひ、直に万右衛門が頭上より眉の間まで切込だり。術〔てのうち〕すぐれたるうへに、刄〔やいば〕も最上の利器〔きれもの〕なりしかば、是もあへなき最期なり。
 無三四はいよ/\精神を抖擻〔はげま〕し、貝沢が佩刀をも奪ひとり、左手〔ゆんで〕に提〔ひつさ〕げ、大勢の門人の中に切入、村山源右衛門を切倒し、猪子内匠が右手〔めて〕の肘を切おとし、その餘〔ほか〕十一人に手疵を負せ、切捲〔きりまく〕り薙立〔なぎたつ〕る。其活動〔はたらき〕さらに凡夫の所爲にあらず。この有さまに膽消〔きもきへ〕て、秋風に揺落〔このは〕を吹はらふがごとく、玄関より外〔ほか〕に引退く。
(以下つづく)

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 【現代語訳】

  宮本無三四、危機を遁れる事

 すでに無三四は、白倉の毒手の奸計に陥ったが、幸いにして死に至らず、こんな毒熱の中にあって、苦痛に堪え、たちまち浴室を打ち破ると見えたので、十八人の門弟はそろって風呂の四方(の壁)を押え、破られまいと抵抗したけれど、(無三四は)難なく戸板を踏み碎く。
 この勢いに、風呂の戸と敷居[ルビによる]の両方一度に枘[ほぞ、ルビによる。釘は使わない]が外れ、敷居は外に蹴飛した[枠ごと戸を蹴破ったということ]。無三四はすかざず、沸騰した煮え湯を、両手で掬い両足で蹴って浴びせかけたので、湯のほとばしりが四方八方に散乱し、壊した風呂口から湯気の熱煙が、雲の湧き出るように真っ白になって吹き出し、湯殿の内は闇夜のごとく(何も見えない)、(白倉)師弟はこれにたじろいで、いっせいに庭の方に駆け出た。
 無三四は素っ裸で(湯殿から)飛び出し、蹴飛ばした敷居を拾い取って、(頭上に)真っ向に振り上げ、庭の中に飛び降り、まず一番に白倉を目がけ、飛ぶ鳥のごとく飛びかかる。そのありさまは、まさに裸形の韋駄天[仏教の守護神の一つ。異常な速さで疾駆して悪鬼を排除する]のごとく、叫ぶ声は虚空にひびき、眼光はまるで星の光を思わせ、憤怒は胸に満ち、そのうえ乱れた髪が顔面に乱れかかり、まことにこの世の人とは思えない。
 さすがに暴悪の白倉も、身の毛がよだつほど恐しく、抜いた白刄をひっさげたまま、広庭の方へ逃げ出す。
 無三四は(白倉の)後の方から追い迫り、拝み打ちに、白倉の頭の後から頭頂部[百会は漢方用語]をめがけて打ちすえた。(無三四は)大力で、しかも怒り狂っているのだから、たまったものではない。(白倉の)頭蓋骨は粉砕されて、顔面[面門は禅の公案にある語]に血がほとばしり、うむとも言わず、死んでしまった。
 十八人の門人は、白倉の最期のありさま(を見て)、(無三四の攻撃が)電光よりも疾く、救援する間もなかったので、これに肝をつぶして、逃げ足になりそうなところで、貝沢万右衛門が大声をあげて、「どうした、諸君。目の前で師匠を討たれ、(無三四を)そのままにして殺さず、帰すいわれがないぞ」と、躍りかかって切りつける。無三四は、持っていた敷居を、貝沢の目鼻をめがけて投げつけると、それが鼻柱に命中して、(貝沢は)眼がくらんで倒れ臥す。
 その隙に(無三四は)白倉の死骸が携えていた刀を奪い、すぐに万右衛門の頭上から眉間まで切り込んだ。手の内[ルビによる。技術]がすぐれている上に、刀剣も最上の利器[ルビはきれもの]だったので、これもあえない最期であった。
 無三四はいよいよ精神を励まし、貝沢が佩いていた刀をも奪い取って、左手にひっさげ[つまり左右の手に二刀]、大勢の門人の中に切り込み、村山源右衛門を切り倒し、猪子内匠の右手の肘を切り落とし、そのほか十一人に手疵を負わせ、切りまくり薙ぎたてる。そのはたらきは、まったく凡夫のしわざではない。このありさまに(門人たちは)たまげて、秋風に木の葉を吹き払われるがごとく、玄関から外に退却した。


巻之六 5/6
6 ・・ 巻之六 ・・ 5

巻之六 6/7
7 ・・ 巻之六 ・・ 6

巻之六 7/8 白倉之妻子与無三四接闘之圖
8 ・・ 巻之六 白倉之妻子与無三四接闘之圖 ・・ 7

 
   2 宮本無三四危殆を遁るゝ事(2)
 【原 文】

   宮本無三四危殆を遁るゝ事 (承前)

 無三四は廳中〔ざしきのうち〕にかけ入、己が衣類を索〔もとむ〕れ共見えず。纔に縁さきの竿に浴衣〔ゆかた〕の掛たるを見付、手ばやく是を取て身に纏ひ、再び廳中〔ざしき〕にかけ入、幸ひにして一條〔ひとすぢ〕の手綱を拾ひ取、床の間を後楯にとりて緊〔しつか〕と結び、密〔きび〕しく身粧〔みごらへ〕し、後路〔うしろミち〕へ遁んと志しをかため、裏庭に駈入、夫より後園〔こうゑん〕に出たり。
 白倉が嫡子武三郎、當年十七歳に成けるが、目前〔もくぜん〕父を討れ、憤恨〔いきどほり〕骨髄に徹し、後園に逐かけ來り、鎗を撚〔ひねつ〕て突かけたり。無三四両刀を結んで掻潜〔かいくゞ〕り飛込とひとしく、たゞ一打に左の肩先より乳〔ち〕の下まで切下〔きりくだ〕す。何かは少も猶豫あらん、身を翻して、倒れ死す。
 白倉が女房は、夫の敵〔かたき〕、愛子〔あいし〕の仇〔あだ〕、おのれ無三四迯る事なかれと、薙刀携へ駈來るを、無三四ふたゝび取て返し、兒女子〔をんなわらべ〕を切弃〔きりすて〕ん事、後聞〔こうぶん〕おとなげなしとハ思へども、一刻も早く遁んと思ふが故に、手脚纏〔あしでまと〕ひ面倒なりと、一跳りに薙刀を跳り超、婦人〔ふじん〕が右手〔めて〕の腕首〔うでくび〕を切落せば、薙刀溌喇〔はらり〕とぞ地に落し、俯〔うつぶし〕に成て悶絶す。
 諸門弟は玄関より外に迯出るといへども、互ひに顔を恥合〔はぢあひ〕けれバ、機〔き〕を採直〔とりなを〕し、後園に追來り、野菜の圃中〔はたけなか〕荒蕪〔ひろく〕して屈竟の闘場〔たゝかひば〕、死もの狂ひと圍輟〔とりかこむ〕を、無三四さらに恐怖〔おそれ〕ばこそ、手先を延て闘ふたり。
 諸門人いよ/\数箇所の疵を蒙り、一人として血に染ずといふものなく、園中〔ゑんちう〕に血流れて、枯草〔こさう〕すべて紅〔くれなゐ〕に変じ、或は氣絶し、或は息喘ぎ、彼方此方に踉々〔よろめき〕たり。
 無三四後面〔うしろ〕の竹藪を越〔こへ〕遁れんとせしが、躊躇〔たちもどり〕、湯殿の邊〔へん〕に立帰り、まづ白倉の佩刀の鞘を捜り取り、又村山が死骸に帯たる佩刀の鞘をも索め出し、白匁〔しらは〕を納め、衣服をも捜して着更んとハすれども、心中穏ならず、大きに忙〔あは〕て閙〔いそが〕しく駈出んとする所に、白倉が家僕どもすべて諸方に迯去、隣家の諸士に動静〔やうす〕を告しかば、諸近隣〔しよきんりん〕この告〔つげ〕を聞て等しく八方へ人を走らせ、諸士を催し、前門〔おもてもん〕の外には数十人の豪傑、おのおの鎗を取り長刀〔なぎなた〕を携へ、待かけりたり。
(以下つづく)

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 【現代語訳】

   宮本無三四、危機を遁れる事 (承前)

 無三四は、座敷の中[ルビによる]に走り入り、自分の衣類を探したが、見つからない。やっと、縁先の(物干し)竿に浴衣が掛かっているのを見つけ、手ばやくこれを取って身に纏い、再び座敷に走り入り、幸いに一本の手綱[馬を操る綱。ただし褌の意もあり]を(見つけて)拾い取り、床の間を後楯にとって、しっかりと結び[床の間を後楯にするのは両手から刀を離すための用心。それにしても褌だとすればコミカルな場面]、隙なく身ごらえし、裏道へ逃げようと考えをかため、裏庭に駈け入り、そこから後の菜園[後園は裏の畑]に出た。
 (すると)白倉の嫡子・武三郎、当年十七歳になったのが、目の前で父を討たれ、憤恨は骨髄に徹し、菜園に追いかけて来て、鎗をひねって突き掛けた。無三四は、両刀を結んで[交差させて]、(鎗先を)かいくぐり、飛び込むと同時に、ただ一打ちに(武三郎の)左の肩先から乳の下まで切り下す。たちまち(武三郎は)身を翻して倒れて死んだ。
 (こんどは)白倉の女房、「夫の敵(かたき)、愛しい子の仇(あだ)、おのれ、無三四、逃げるでないぞ」と、薙刀を携え走って来る。無三四は再びとって返し、女子供を切り捨てるのは、後で人聞きがよくなかろうとは思うが[おとなげなしは不穏、おだやかでないの意。このあたりもやや滑稽]、一刻も早く逃げようと思っているので、「足手まとい[邪魔だ]、面倒だ」と、跳躍して薙刀を飛び越え、婦人の右手の手首を切り落すと、(白倉の女房は)薙刀をはらりと地に落し、俯伏せになって悶絶した。
 門弟たちは、玄関から外に逃げ出したが、互いに顔を合わせて恥しく思ったので、気をとり直し[機はmotivationだが、ここでは意訳]、菜園まで(無三四を)追って来た。野菜の畑の中[ルビによる]は広くて、恰好の闘いの場である。(門弟たちが)死もの狂いでとり囲むのを、無三四はまったく怖れないで、手先を延ばして[のびのびと自在に]闘った。
 門人たちは、重ねて数箇所の疵を蒙り、一人として血に染まないという者はなく、畑の中に血が流れて、枯草はすべて紅色に変じ、(門人たちは)気絶したり、ぜいぜいと喘いだりして、あちこちでよろめいている。
 無三四は(屋敷の)裏の竹藪を越えて逃げようとしたが、(抜き身の刀のままではまずいと)思い返して、湯殿のあたりに戻り、まず白倉の佩刀の鞘を探りとり、また村山の死骸に帯びた佩刀の鞘も取って、(二腰の刀の)白刄を(鞘に)納め、衣服も捜して着更えようとはしたが、心中穏やかならず、大いに慌てて(着更えもできず)、急いで駈け出ようとするところに、(そのころ)白倉の使用人どもがみな諸方に逃げ去り、隣家の諸士に様子を知らせたので、隣近所(の家々は)この知らせを聞いて、いっせいに八方へ人を走らせ、諸士を集めて、(白倉家の)表門の外には数十人の豪傑が、おのおの鎗を取り、長刀を携え、待ち構えていた。


巻之六 8/9
9 ・・ 巻之六 ・・ 8

巻之六 9/10 無三四超籬脱重圍之圖
10 ・・ 巻之六 無三四超籬脱重圍之圖 ・・ 9

 
   3 宮本無三四危殆を遁るゝ事(3)
 【原 文】

   宮本無三四危殆を遁るゝ事 (承前)

 無三四これを見て、如何〔いかゞ〕して走らんと計較〔しあん〕するに、すべて此家の構ハ前門一所〔ひとつ〕にして、後面〔うしろ〕は竹垣高く結廻し、其外ハ北町とて廣き還道〔くわんだう〕なり。然らバ最初のごとくかしこに出るに如〔しく〕はなしと、速かに後園に駈出、其まゝ竹藪を乗超たり。此所にも近隣の諸士、兵器を撚〔ひねつ〕て備〔そなへ〕たり。
 無三四大音声を上て申けるハ、各〔おの/\〕まづ手を動す事を罷て、我一言〔いちごん〕を聞候へ。某は諸國武者修行の浪人なり。三ケ月以前、當所に來り、如々〔しか/\〕の事にて、其日、白倉と較量〔しあひ〕を試しところ、源五左衛門師弟、某に贏〔かち〕をとる事能ハず、我ために門人となり、悉く我流義の蘊奥を叩て尋ね問〔とふ〕。我また未練の武術なりといへども、少しも悋〔おし〕む事なく、奥儀を傳へぬ。然る處、今般それがしを殺害〔せつがい〕せんと、師弟十九人数多の家僕を誂〔かた〕らひ、浴室の内に誘〔すか〕し導き、熱湯を以て某を烹殺さんとす。僕〔やつがれ〕不思議に熱湯の中を脱れいで、一時の憤りによつて、忽白倉父子を討取、貝沢万右衛門、村山源右衛門を切とめ、且諸門人にも手疵を負せ、唯今此所へ突出〔とつしゆつ〕せり。即今〔いまや〕某、如斯〔かく〕大勢を殺害いたしたるの上ハ、進退自殺の場に至れり。然れ共それがしが身のうへに於てハ、実父の報讐を抱きたる者なり。自殺の義、心にまかせず。何國〔いづく〕までも切抜て罷通る。列位〔おの/\〕少しの芳志〔はうし〕ありて、道を避て通し玉ハゞ、某がためにハ莫大の洪恩なり。若又通し玉ハざるに於てハ、據〔よんどころ〕なく手を下し申べしと、竹垣の上より飛下り、両刀を抜はなち、東路〔ひんがし〕を臨んで駈出す。
 其勢ひ凛々〔りん/\〕たるに目を驚して、一人として遮り逗〔とゞむ〕るものなく、適〔たま/\〕英勇の人ありといへども、無三四の言に理あるのミならず、実父の讎〔あだ〕を報ずる大望〔たいもう〕ある人と聞、また白倉が奸悪、言語に絶したるを悪〔にく〕みて、誰か力を出すものあらんや、道を開いて追ざりけり。これひとへに順孝を感じて、天の祐〔さいは〕ひする處なり。
 いまだ事の是非を聞ざる者は大きに憤激し、何國〔いづく〕までも追かけて、擄にせんと、手毎〔てごと〕に鎗、捧、熊手の類を携へ、跡を慕うて追ふもあり、制しとゞむる人もあり。その騒動、恰も鼎〔かなへ〕の沸に異ならず。此時はや黄昏〔たそがれ〕に及びしかバ、人々無三四が遁れたる方角を失ひし間、却て急にハ追ざりき。
編者曰、無三四出避〔しゆつへき〕の後に、浮田秀家卿検使を白倉が家に遣し、死亡の者を見分させ、家僕等を呼出し、逐一に白倉が所業〔しハざ〕を聞せ玉ひ、又諸隣家を召され、一々に事の実否を糺明あるに、諸近隣悉く、無三四が説話〔せつわ〕せし事ども詳かに訴〔うつたへ〕しかバ、秀家卿、甚だ白倉が不義ならびに諸高弟等が振舞を憤り給ひ、実〔まこと〕に彼黨〔かのたう〕の兇悪は人面獣心の所行、嘗て我國の風俗を失ひ、其惡臭を天下に流すといふもの也。殊に清正朝臣の慮ふ所も恥かしく、速かに奸謀〔かんぼう〕の者共を捕へ、首を刎〔はね〕、ながく後來の庭禁〔ミこらし〕とすべし、とのたまひ、忽ち福田十右衛門、福島左十郎、浮田源兵衛が如き奸人、一々召捕られ、罪科究〔きハま〕り、或ひは刎刑を蒙り、自刄を賜りぬ。此の事繁多〔はんた〕なるが故に畧す。

 【現代語訳】

   宮本、宮本無三四、危機を遁れる事 (承前)

 無三四はこれを見て、どのようにして逃げようかと思案する[ルビによる]に、この(白倉の)家の構えは表門一ヶ所だけで、裏は竹垣を高く結い廻し、その外は北町といって広い往来[還道は街道]である。しからば、最初(の考え)のように、そこから脱出するのが一番だと、速やかに菜園を駈け出て、そのまま竹藪を乗りこえた。(ところが)ここにも、近隣の諸士が、兵器を構えて待ち構えていたのである。
 無三四は、大声をあげて言った。「皆さん、攻撃するのをやめて、まずは私の一言を聞いてください。それがしは諸国武者修行の浪人です。三ヶ月前、ここに来て、しかじかのことで、その日、白倉と試合[ルビによる]をしたところ、(白倉)源五左衛門師弟は、それがしに勝つことができず、私の門人となって、我が流儀の蘊奥をことごとく探究して尋ね問うた。私もまた、未熟の武術だとはいえ、少しも惜しむことなく、奥儀を伝えた。ところが、今般それがしを殺害しようと、師弟十九人が多数の使用人と謀議して、それがしを浴室の内に誘い込んで、熱湯で煮殺そうとした。やつがれは不思議に[奇蹟的に]熱湯の中を脱れ出て、一時の憤りによって、すぐさま白倉父子を討ち取り、貝沢万右衛門、村山源右衛門を切りとめ、また門人たちにも手疵を負わせ、ただ今ここへ飛び出てきました。こんなに大勢の人間を殺害いたした以上、今やそれがしは、自殺せざるをえない状況にたち至った。けれども、それがしの身の上は、実父の敵討ち(の望み)を抱く者です。自殺しようにも、勝手にはできないのです。どの国までも切り抜けて罷り通る(つもりです)。皆さん、少しでも善意があって、道を避けて通してくだされば、それがしにとって莫大な洪恩です。しかし、もしお通しくださらないのなら、やむをえません、手を下しますぞ」と、竹垣の上から飛下り、両刀を抜き放ち、東の方に向かって駈けだす。
 その勢いの凛々たるを見て驚き、一人として遮り制止する者なく、たまたま英勇の人があっても、無三四の言葉に理があるのみならず、実父の讎を報ずる大望ある人と聞き、また言語に絶する白倉の奸悪を憎んだので、誰も(阻止のため)力を出す者はなく、道を開いて(無三四を)追わなかった。これはまったく天が(無三四の)順孝を感じて、助けてくれたのである。
 (一方)まだ事件の真実を知らない者は、大いに憤激し、どの国までも追いかけて、捕まえようと、手に手に鎗・捧・熊手の類いを携え、(無三四)の後を追う者もあり、(またそれを)制し止める人もあり、その騒動は、あたかも鼎の沸騰するに異ならず[鼎は煮沸用の金属製容器。ようするに大騒ぎの意]。この時はや黄昏になったので、(追う)人々は、無三四がどっちへ逃げたかわからなくなったので、むしろ急いで追うことはしなかった。
編者曰く[以下、補記である]、無三四が逃走して後、浮田秀家卿[これは実名。備前岡山城主]は、検使を白倉の家に派遣し、死亡の者を検分させ、下男らを呼び出し、細かく白倉の所業をお聞きになり、また隣の家々を召され、一つひとつ事の実否を糺明されたところ、近隣の者たちは、皆がそろって、無三四が語った話を詳しく報告したので、秀家卿は、白倉の不義ならびに高弟どもの振舞いを激怒され、「まことに白倉の党の兇悪は、人面獣心の所行、まったく我が国の姿を損ない、その悪臭を天下に流すというものである。ことに清正朝臣[ただし、ここでは佐藤清正]が、このことをどう思うかと考えると、恥かしい。速やかに奸謀の者どもを捕え、首を刎ね、長く将来の見せしめにせよ」と言われたので、すぐさま、福田十右衛門、福島左十郎、浮田源兵衛のような奸人たちはすべて召し捕られ、罪科が決定し、刎刑[斬首刑]を蒙ったり、自刄[切腹]を賜わった。これらのことは、話がくどくなるので省略する。


巻之六 10/11
11 ・・ 巻之六 ・・ 10

巻之六 11/12
12 ・・ 巻之六 ・・ 11

 
   4 宮本討兇賊於山中事(1)
 【原 文】

   宮本討兇賊於山中事

 行路難、不在水不在山、秪在人情反覆間(行路難、水にしもあらず山にしもあらず、ただ人情反覆の間にあり)とかや、白倉が心術穏ならざるが故に、備前國岡山の城外、すでに騒動に及びしかども、日既に没し、無三四が行衛〔ゆくゑ〕知れざるが故に、果して夜に入て静りける。実〔まこと〕に恐るべきは、人情一時の反覆なり。
 此時宮本ハ、危急〔ききう〕の難を脱れ、播磨路さして奔〔はし〕りしが、忽然として思ひけるハ、吾今日あまたの人を損ひしうへは、追人〔おつて〕此還道〔かいだう〕に逐來る事疑ひなし。其時追人に對し、膝を屈し、千万言を盡して理解を説〔とく〕とも、分説〔いひわけ〕は聆納〔きゝいれ〕まじ。其上多勢なるときは、一人乃力をもつて敵しがたく、終に縲絏〔るいせつ〕の辱めを蒙る事必然たり。さらバ道を更て迯んにハと、北を臨んで駈〔はせ〕けるが、厳寒はだへを犯し、朔風〔さくふう〕皮肉を割〔さく〕がごとく、殊に身上〔しんじやう〕僅に一重の浴衣を着し、いまだ月色のぼらず、満天曇りて雪は龍鱗を飛すがごとく、草鞋〔わらんじ〕をだに履ざれバ、両足すべて路頭の石に跌踢〔つまづき〕やぶれ、血は踵につたひ、尋常〔よのつね〕の者なりせば、爭〔いかで〕か一足も進むべき、されども鐵膽石心〔てつたんせきしん〕の豪傑なれバ、少しも氣を落さず、直ちに美作國に超んとこゝろざしをかため、道路の善悪を云ず、山坂の嶮易〔けんゐ〕をも顧ず、ひたすら山路〔やまぢ〕にさしかゝり、岩を踏ミ苔に滑り、谷をわたり峯を越、北山ふかく迷ひ入る。
 時に、中冬廿日ばかりの事なりしかバ、山路さらに闇〔くらふ〕して、逕路〔みちすじ〕一ツも見えわからず。月漸く出て峯を照らすといへども、古松〔こしやう〕蔭多くして、行道〔ゆくミち〕すこしも分明ならず。流石の大丈夫も進退にまよひ、思ハず嘆息〔ためいき〕して、時刻を考ふるに、はや三更〔よなか〕の頃とおぼえて、銀盤〔つきしろ〕はるかに登りたり。
 無三四古木の下〔もと〕に立て、呼〔あゝ〕うれしや。斯る深山の中に分入のうへは、追人〔おつて〕よも此所へハ來るまじ。然れども身にハ僅の浴衣を着し、行李〔にもつ〕を失ひしのミならず、盤纏〔ろぎん〕の貯へとてもあらざれバ、明日よりハ如何して身命〔いのち〕を保つべき。誠に皇天皇土〔くわうてんくわうど〕の神祇にも見放されけるが浅ましやと、暫し忙〔あき〕れて居たりしが、否々〔いや/\〕大丈夫たるもの、斯る窮路に迫りて、志を墜す所にあらず。大聖孔子に於るすら、猶〔なを〕陳蔡〔ちんさい〕の圍ミを蒙り給ひし事あり。況や凡夫の身のうへ、如斯〔かゝる〕憂めハ我壹人而已にあらず、世上はなハだ多し。何とぞ此山を超え、人里ある所に至り、一飯〔いつはん〕を請ひ求め、身を全ふして、実父の仇を報ずべしと、ふたゝび精神を励まし、木陰を立出、また草木〔さうもく〕を押分〔おしわけ〕/\、兎角する程に、一時〔ひとゝき〕ばかりにして、一つの峯に駈上り、月の光りにすかし見れバ、此山の頂四方へ向ひて逕路〔ミちすぢ〕あり。また側〔かたハら〕を顧ミれば、草葺〔わらぶき〕の辻堂あり。
 無三四心を安んじ、目を留て仔細に視るに、彼堂大約〔たいやく〕一間四方〔よはう〕ばかり、東一面は板を張り、三方はこと/\くとり放ちて、もとより戸もなく、堂内の板敷は、旅人〔りよじん〕及び樵夫〔きこり〕牧人〔うしかひ〕などのために塵〔けが〕されて、沙土〔すなつち〕狼藉たり。
 無三四忽然〔ふと〕こゝろ付、扨は此處は美作へ越る峠とこそ覚〔おぼゆ〕れ。もし佛前に供物などの残りあらバ、探出〔もとめいだ〕して賞翫し、今宵の飢を凌ぐべしと、堂内に倍上〔はいあが〕り、徐々〔そろ/\〕と捜し伺ふに、三尺餘りの厨子あり。三方に板を張り、前面一方にハ両扇〔りやうびらき〕の隔子〔かうし〕を構へ、隔子の内にハ布の戸帳を張、其裡に一面の机を具へ、香炉華飾〔かうろけそく〕の類ひは備へたりといへども、供物の類一ツもなし。

(以下つづく)

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 【現代語訳】

   宮本、兇賊を山中に討つ事

 《行く道は困難である。それは河水のことでもなく、険しい山岳のことでもなく、ただ人情が反転してしまうことにある》とかや[行路難〔こうろなん〕は白居易「太行路」にある有名な詩句]、白倉の心術不穏[これは紳士的表現。ようするに人格異常の意]のため、備前岡山の城外では、すっかり騒動になってしまったけれど、日はすでに没し、無三四の行方も知れないので、案の定、夜に入って(騒ぎは)静まった。まことに恐るべきは、人情のあっという間の反転である。[冒頭の行路難詩に照応する作者の皮肉。ここでは「反覆」は繰返しのことではなく、転覆反転、ひっくり返り、inversion]
 このとき宮本は、危急の難を脱れ、播磨路を目指して(つまり東方向へ)逃げたが、ふと思ったのは、「今日多くの人を殺傷した以上、追っ手はこの街道を追って来るに違いない。そのとき追っ手に対し、膝を屈し千万言を尽くして理由を説明しても、弁明を聞き入れることはあるまい。そのうえ(追っ手が)多勢のときは、自分一人の力では敵しがたく、結局、縲絏[罪人として捕縛されること]の辱しめを受けることは必然である。ならば、(この播磨路ではなく)逃げ道を変更しよう」と、北に向かって逃走した。だが、厳寒は膚を犯し、朔風[北風]は体を割くようで、ことに身には一重の浴衣しか着ていない。いまだ月は(空に)のぼらず、満天曇って、雪は龍の鱗を飛ばすがごとく、(裸足で)草鞋さえ履いていないので、路頭の石につまづいて、両足はいたるところ破れ、血は踵に流れる。尋常の者なら、どうして一足も進めようか。されども(無三四は)鉄肝石心[強靭な心胆]の豪傑なので、少しも気を落さず、ただちに美作国へ越えようと決意をかため、どんなに道が悪かろうと山坂が険しかろうと構わず、ひたすら山道に進み入り、岩を踏み苔に滑り、谷を渡り峯を越え、北山深く迷い込んだ。[この北山は岡山県北部・作州真庭郡へ越えるあたりの設定らしい]
 ときに、中冬[十一月、むろん陰暦]二十日ころのことだったので、山道は暗く、道筋はまったく判別できない。ようやく月が出て、峯を照らすが、松の古木の蔭が深く、道がどこへ行くのか、すこしも分らない。さすがの大丈夫[立派な男]も進退に迷い、思わずためいきをつく。時刻を考えるに、すでに三更[真夜中、十二時]ころのようで、銀盤[月。ルビは月代]が空高くのぼっている。
 無三四は古木の樹下に立って、「ああ、うれしや。こんな深い山の中に分け入ってしまえば、追っ手もここまで来ることはあるまい。しかし、この身には浴衣しか着ていず、旅の荷物[ルビによる]を失ったのみならず、路銀[ルビによる]の持ち合わせもない。明日からは、どうして身命を維持しようか。皇天皇土の神祇[皇国の天地の神々]にも見放されたのは、まことに情けない」と、しばし茫然としていたが、「いやいや、大丈夫たる者が、こんな窮地に立っても、志気を落すものではない。大聖人の孔子でさえ、陳と蔡に包囲されて窮したことがある[紀元前四八九年、いわゆる陳蔡の厄。孔子が楚へ行くのを阻止するため、陳と蔡が孔子を郊野で包囲、孔子は糧食に窮し飢餓。『史記』巻四十七・孔子世家第十七参照]。いわんや凡夫の身の上である。こんな憂き目は自分一人のみにあらず、世間ではごく多いことだ。何とかして、この山を越えて人里あるところへ至り、一飯(の食)を乞い求め、身を全うして、実父の仇を報じたい」と、ふたたび精神を励まし、木陰から出て、また草木を押し分け押し分け(進むに)、やがて一時[一刻、二時間]ほどして、ある峯に駈け登り、月の光(を頼りに)に眺望して見ると、この山の頂から四方へ向って道筋がある。また側を見ると、藁葺き[ルビによる]の辻堂があった。
 無三四はほっとして、(辻堂に)目を留めてじっくり観察すると、この堂はおよそ一間[三m]四方ほどで、東一面だけ板を張り、三方はすべて開放されて、もとより戸もなく、堂内の板敷は、旅人や樵夫や牛飼いなどのために汚されて、砂や土が散乱している。
 無三四はふと気づいて、「さては、ここは美作へ越える峠だと思われる。もし仏前に供物などの残りがあれば、探し出して食べて、今夜の飢えをしのごう」と、堂内に這い上り、そろそろと捜し(様子を)伺うと、三尺[九十cm]あまりの厨子があった。(その厨子は)三方に板を張り、前面には両開きの格子扉を構え、扉の内部は布の帷(とばり)を張り、その中に机を一つ具え、香炉や華飾の類いは備えてはいるが、供物の類いは一つもない。


巻之六 12/13 兇賊燎火之圖
13 ・・ 巻之六 兇賊燎火之圖 ・・ 12

巻之六 13/14
14 ・・ 巻之六 ・・ 13

巻之六 14/15 宮本斬盗賊之圖
15 ・・ 巻之六 宮本斬盗賊之圖 ・・ 14

巻之六 15/16
16 ・・ 巻之六 ・・ 15

 
   5 宮本討兇賊於山中事(2)
 【原 文】

   宮本討兇賊於山中事 (承前)

 猶子細〔こまか〕に探り試みるに、石躯〔いし〕の地藏尊を安置せり。無三四大きに精神を労らし、嗚呼時なるかな、かゝる艱難に逢ふこそくるしけれ。今日午〔むま〕の刻に少しの飯〔はん〕を喫〔しよく〕し、今四更の時候にいたるまで、飲食を断而、十餘里の道を奔り、燒火〔たきび〕してあたらんにも、火燧〔ひうち〕をだに用意せざれバ、是とても心に任せず。よし莫遮〔さもあらバあれ〕、もし一心轉動〔いつしんてんだう〕なき時は、死地に墜て活路を得るといふ所、我流儀の極意なり。此辻堂こそ、おのれが爲には金殿樓閣、わづかに一夜の辛抱なり。たとへ水火の中なりとも、一睡して能夢見んと、心自迷心自悟〔こゝろでこゝろをとりなを〕し、厨子の中へ手をさし入、香爐机の類〔るい〕を取除け、石佛の本尊をかき抱き、傍に居置〔たをしをき〕、ゆるさせ給へ、地藏尊〔じざうぼさつ〕。今夜〔こよひ〕ばかりハ、我尊容に更〔かは〕りて御厨子を守るべし。愛愍をたれて、不孝の子、無三四を悪〔にく〕ミ玉ふ事なかれと、信実に祈念し、佩刀を携へ厨子の内に潜〔くゞ〕り入り、もとより身材〔ミのたけ〕普通に越たる大漢子〔おほをとこ〕の、小厨子の裏に座せしかバ、頭〔かうべ〕を伸し膝を鬆〔ゆる〕める事能ハず。されども切瑳琢磨を身の娯〔たのし〕ミとする英勇、さらに少しも苦しミとせず、膝を抱き躬〔み〕を跼〔くゞま〕り、やがて睡〔ねぶり〕を催しける。
 漢朝の蘇武がことを賦〔ふ〕する詩に、渇飲月窟水、飢餐天上雲〔渇しては月窟の水を飲み、飢ては天上の雪を餐〔くら〕ふ〕と作れり。誠に忠臣孝子といへども、期〔とき〕に臨んでハ窮する處あり。既に無三四順孝の志しありといへども、圖〔はから〕らざる禍ひに罹り、思ハず一身倦労〔うミつか〕れ、前後不覚に寝入しが、忽ち必々剥々〔ぱち/\ぽち/\〕と火をたく音、耳に入りけれバ、両眼を瞭〔み〕ひらき、盵〔きつ〕と見れバ、戸帳〔とちやう〕の外に活〔くわつ〕と燎火〔たきび〕のひかりあり。
 且驚き且疑ひながら、竊に戸帳を擧〔かゝ〕げ覗ふに、両人の大漢子、堂の前に火を燒〔たき〕て熅〔あた〕り居る。また一人の大漢子有て、近辺より幾箇〔いくこ〕の枯柴を伐あつめ、運び來り、三人一同に臀〔しり〕を露はし股を開きて、惣身を熅〔あぶ〕り、齊しく語りけるハ、扨々今日は多くの道を走り、甚だ労〔つか〕れり。疾〔はやく〕飯を喰ふべし。
 此時一人立あがりて、堂の板敷の上におろし置たる包裏〔ふろしきつゝミ〕より、三ツの飯笥〔めしごり〕とり出し、各々笥〔こり〕の蓋を開んとせしが、一人が申けるハ、晦氣〔いま/\し〕き女畜生〔めらうめ〕。我脊中に負れながら、始終〔はじめから〕連泣〔なきつゞけ〕、まづ這奴〔きやつ〕にも少しの食物を与〔くハ〕すべしと云へば、両人の漢子〔おとこ〕打黙〔うちうなづ〕き、側〔かたわら〕の園地〔くらがり〕より、年齢〔としごろ〕廿四五ばかりなる婦人を掣〔ひきずり〕來り、縛〔いましめ〕たる索〔なハ〕をほどき、両肘〔りやうて〕をゆるめ、また口をくゝりたる猿轡を解〔ほど〕きけれバ、女は大きに泣かなしミ、三人に向ひ申けるハ、我にハ夫あり親あり、其うへ幼〔いとけな〕き子もあり。若宥〔ゆるし〕て帰し玉ふ事叶ずは、速〔すミやか〕に殺して給れ。此事をも聞入玉ハずは、今より長く食を断〔たち〕、餓死〔うへじに〕して終〔しまふ〕べし。
 三人の漢子ひとしく申けるハ、我儻〔わがともがら〕ハ敢て汝に執心の情〔こゝろ〕なきによつて、汝の望ミに任すべけれども、我首頭〔かしら〕先日汝が家に至りて、汝を見そめ、殊外〔ことのほか〕恋慕し、何とぞ奪ひ來れとの分附〔いひつけ〕、這一回〔このごろ〕三十日ばかり、汝が他行〔たぎやう〕するを伺ひ、辛苦して捕へたり。汝只顧〔ひたすら〕帰りたく思ハゞ、首頭に對面して後、直々に願へ。宵より数回〔たび/\〕此道理を理説〔いひきかす〕といへども、甞て少しも我等三人の詞〔ことば〕を用ゐず。孩子〔こども〕の如く號泣〔なきさけぶ〕は、利害にくらきものなり。まづ火にも熅〔あた〕り、少しの食をも喰〔くら〕ひ、心を穏〔しづ〕めて、故郷へ帰る分説〔いひわけ〕の工夫せよと、三人互ひに目はじき〔借字仮名〕してぞ、なだめたる。
 無三四、渠等が説話〔せつわ〕を悉く聞すまして、思謂〔おもへらく〕、さては盗賊ござんなれ。計るに此婦人を奪ひ來りしに究〔きハま〕つたり。其儀ならば、一ツにハ女を救ひ、二ツにハ渠等が衣服盤纏〔ろぎん〕をも奪ひて、自用〔じよう〕の調度〔こづかひ〕にせんものをと、心中大きに歓喜〔よろこび〕、ひそかに厨子より跳出〔おどりいで〕、三人が開んとする飯笥を引掠〔ひつたく〕り、堂内に投入たり。
 三人の盗賊等、おもひ設ざる事なれば、大きに愕〔おど〕ろき、一同に立あがらんとする処を、無三四電光の閃くが如く、両刀をもつて左右に二人を溌喇唎〔はらり〕と斬〔きる〕。二人の曲者、頭上二ツに剪割〔きりわら〕れて、二言と云ず倒れ伏す。

(以下つづく)

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 【現代語訳】

   宮本、兇賊を山中に討つ事 (承前)

 さらに細かく探ってみると、石体の地蔵尊を安置しているだけ。無三四はひどく落胆して、「ああ、もうだめか、こんな艱難に逢うて苦しむとは。今日午の刻[昼十二時]に少しの飯を食ってから、いまは四更[午前二時]ころか、飲まず食わずで、十余里[四十km以上]の道を走り、焚火をして暖をとろうにも、火燧石も用意していないので、それさえできない。よし、さもあらばあれ。もし、どうしても状況がよくならない時は、死地に墜ちて活路を得るというところが、我が流儀の極意である。この辻堂こそ、自分にとっては豪華な御殿だ。たった一夜の辛抱である。たとえ水の中、火の中であっても、一睡してよい夢を見よう」と、心で心をとり直し[心自迷心自悟は般若思想、六祖檀経等参照。パロディ表現]、厨子の中へ手を差し入れ、香炉机の類いを取りのけ、石佛の本尊をかき抱いて(厨子から出して)、傍に寝かして置いて、「お恕しください、地蔵菩薩[ルビによる]。今夜ばかりは、私が尊容[地蔵石像]に替わって御厨子をお守りします。愛愍を垂れて、不孝の子・無三四を憎まないでください」と、信実の心をもって祈念し、佩刀を携え、厨子の内にもぐり込む。もとより身の丈が並外れた大男なので、小さな厨子の中に座ると、頭を伸し膝をゆるめることはできない。されども、切瑳琢磨を自身の娯しみとする英勇である。一向に少しも苦しみとせず、膝を抱き身体を曲げて、やがて睡りを催した。
 漢朝の蘇武[紀元前百年ころの漢の時代の人。武帝によって匈奴へ使節として派遣され、十九年間虜囚となったが帰還。節操の人として民族的英雄]が、かの艱難を賦した詩に、《渇しては月窟の水を飲み、飢えては天上の雪を食らう》と記している。まことに忠臣孝子とはいえ、場合によっては窮することもある。まさに無三四は、順孝の志があるとはいえ、思いがけない禍いに遭遇し、全身疲労困憊して、知らぬ間に前後不覚になって寝入ったが、突然、パチパチ[ルビによる]と火を焚く音が耳に入ったので、両眼を見開き、キッと見れば、帷[とばり。ルビによる]の外にカッと(燃える)焚火の光があった。
 驚いたり(信じられないと)疑ったりしながら、ひそかに帷をあげて(外を)覗うと、二人の大男[大漢子は漢流]が、堂の前で火を焚いて(火に)あたっている。さらにもう一人、大男が、近辺より幾つか枯柴を伐り集めて、運んできた。三人はみな尻を露出し股を開いて、全身を(火に)あぶり、同じように言うには、「さてさて、今日は多くの道を走って、えらく疲れたなあ。はやく飯を喰おう」。
 このとき一人が立ちあがって、堂の板敷の上に置いた風呂敷包み[ルビによる]から、三つの飯笥[めしごりは飯行李、弁当箱]をとり出し、男たちはそれぞれ飯笥の蓋を開けようとしたが、一人が言うには、「いまいましい女畜生め。おれの背中に負われながら、始終泣きつづけやがった。(しかし)まず、あいつにも少しの食物を食わせよう」と云うと、二人の男はうなづいて、かたわらの暗がりから、年のころ二十四、五歳ほどの婦人を引きずって来て、縛った縄をほどき、両腕をゆるめ、また口をくくった猿轡をほどく。女はひどく泣き悲しみ、三人に向って言うには、「わたくしには夫があり親があり、その上に幼い子もあります。(けれども)もし、ゆるしてお帰しくださることができないのなら、速やかに殺してください。このことも聞き入れていただけないのなら、これからずっと食を断ち、餓え死にしてしまいます」。
 三人の男が同じように言うには、「おれたちは、おまえに執心の情はまったくないから、おまえのしたいようにさせる[死にたければ死なせてやる]けれど、おれたちの首頭が、先日おまえが家に行って、おまえを見染めて、ことのほか恋慕し、どうしても奪って来いとの命令で、(おれたちは)このごろ[這一回は漢語]三十日ほど(好機を狙っていたが)、おまえが他に行くところを、苦労してやっと捕えたのだ。おまえがひたすら帰りたいと思うなら、首頭に対面してから、直々にお願いしろ。宵からたびたびこの道理を言いきかせている[ルビによる]のに、まったく少しもおれたち三人の言うことをきかない。赤ん坊[孩子は乳児]みたいに、泣きさけぶだけなのは、利害にくらい[物事がわかっていない]ということだぞ。まず火にでもあたって、少し食べものでも喰って心を鎮めて、故郷へ帰る言い訳[ルビによる]の工夫でもしろよ」と、三人は互いに目はじきして[ウインクして合図すること]、(女を)なだめている。
 無三四は、彼らの話を全部聞きすまして、思ったのは、「さては、盗賊だったか[盗賊は古来、窃盗・強盗というよりも、山中に隠れ住む不服従の民]。たぶん、この婦人を掠奪して来たに違いない。そういうことなら、ひとつには女を救い、ふたつにはやつらの衣服・路銀を奪って、自分用の小遣い[ルビによる。自用の調度は高踏表現]にでもしてやろう」と、心の中で大いによろこび、ひそかに厨子から飛び出て、三人が開こうとする飯笥をひったくり、堂内に投げ入れた。[以下、強盗から強盗するという設定]
 三人の盗賊どもは、思いもよらないことなので、大いにおどろき、いっせいに立ちあがろうとするのを、無三四は、電光の閃くがごとく、両刀で左右に二人をはらり[ルビによる]と斬る。二人の曲者は、頭上を二つに切り割られて、うむとも云わず倒れ伏した。


巻之六 16/17
17 ・・ 巻之六 ・・ 16

巻之六 17/18  潑賊送還婦人之圖
18 ・・ 巻之六 潑賊送還婦人之圖 ・・ 17

巻之六 18/19
19 ・・ 巻之六 ・・ 18

巻之六 18/19
   ・・ 巻之六 ・・ 19

 
   6 宮本討兇賊於山中事(3)
 【原 文】

   宮本討兇賊於山中事 (承前)

 此形状〔ありさま〕に一驚〔おどろき〕を喫〔くら〕ひ、一人の盗賊たちまち魂魄天に飛び、手足齊しく痿〔なえ〕て走る事能ハず。
 透さず引摑〔ひつつかん〕て大地に投〔借字〕着〔なげつけ〕、大きに悪聲を出して詈り、大膽なる賊畜〔ぬすびとめ〕。およそ三千世界の中〔うち〕、貴きも賤きも、人間〔ひと〕ほど尊きものなし。貧苦に迫りて、金銀財寶に念を掛るは、盗賊の所行也。然るに、夫ある婦人を劫〔おびやか〕し、色欲を恣にせんとする暴悪無道〔ばうあくぶだう〕。いま悉く碎肉〔さいのミ〕に切ても飽たらじ。汝何國〔いづく〕の山中に隠れ居る盗賊なるや。又最前、我首領〔わがかしら〕といひしハ、何〔いか〕なる者ぞ。其兇魁〔かしら〕の名を云へ。半點〔はんてん〕も詭を云ハゞ、忽ち汝が身に三百の穴を鎔〔いる〕べしと、白刄吭〔のど〕にさし付れバ、
 賊人〔ぬすびと〕大きに戦慄〔ふるひわなゝ〕き、何とぞ命を助け玉へ。少しも詭る事なく申すべし。某が魁首〔かしら〕と申ハ、備前国三石〔ミついし〕の山中に寨〔こや〕を構へ、彼處に隠栖〔すまゐ〕する盗賊、不動の権太郎と申者也。某どもハ、其下風〔てした〕の草寇〔こぬすびと〕也。然るに、かの魁首権太郎、五六十日以前に美作へ参り、同国高田と申す驛〔むまつぎ〕にて、富貴なる郷士の家に忍び入、多くの金銀ならびに衣服のるい〔類〕を盗ミ取し所、はからず其家の女房を見初てより、忽然〔ふと〕かの者に恋慕し、ひたすら此人を奪取、山寨〔さんさい〕の内にて娯〔たのしま〕んと思ひ、我儻〔わがともがら〕三人に云附、美作へ遣したり。是により我等さま/\に心を用ひ、咋日此の婦人の親郷〔おやさと〕より帰る所を待て、劫〔おびや〕かし帰りたり。更に我輩〔わがともがら〕の悪心ありて劫し捕へたるにあらずと、地〔つち〕に平伏〔ひれふし〕て申けるが、
 無三四また女に對ひ、婦人安堵せよ。某全く不良の徒〔ともがら〕にあらず。宮本無三四といふ者也。今日はからざる尓々〔しか/\〕の難を遁れ、飢寒を忍び、この堂内に一宵〔ひとよ〕を待明す處に、婦人の哭声に睡り覚て、悪黨等が所爲〔しハざ〕詳〔つまびら〕かに見届け、今両人を害し、婦人を救〔すくへ〕り。
 女は無三四が言〔ことば〕を聞て、大きに歓び、扨ハ憑しき人にて候歟。われ今旅客の両人の賊を殺し給ふを見て、悲さの上に駭〔おどろき〕を加へたる所に、また唯今の芳意〔おなさけ〕ある課〔ことば〕を承り、驚愕〔おどろき〕の中に歓喜、ひとへに夢かと思ハれ侍るなり。
 賤妾〔わたくし〕は作州高田の在中、百姓の娘にて、當年廿五歳なり。同じ在中の郷士、富塚三郎左衛門と云ふ者の家に嫁ぎ、ことし三歳になる女孩〔むすめ〕もあり。昨日父の家に至り、黄昏〔くれがた〕に一人の婢女〔めしたき〕を連て、丈夫〔をつと〕の家に立帰る折から、路次に於て此者三人、近邊に人無きを考へ、婢女を捕へて、路傍〔ミちばた〕の樹に縛り着、又妾が口にハ声を謦〔たて〕ざるやうに物を啣〔ふく〕ませ、結〔くゝ〕り着、両の肘〔かいな〕をも緊しく縛り、山坂の間をバ三人の漢子共〔おとこども〕、更〔かハ〕る更る負ひ、又たは挐〔ひこぞ〕りなどして、物をも云さず、千辛万苦〔せんしんばんく〕の憂目を見せ、此所まで連來りぬ。
 なを此うへの御恵〔めぐミ〕にハ、妾が家まで送り届け給らバ、丈夫〔をつと〕も嘸〔さぞ〕雀躍〔よろこび〕申すべし。礼謝〔おれい〕にハ旅客〔あなた〕の衣料〔きるい〕盤纏〔こづかひ〕をも調へ奉るべしと、涙を流してかたりければ、
 無三四大きに笑ひを含ミ、夫〔それ〕は悦ばしく、然らバ某は渠等が携へたる飯を食し、飢を凌ぐべしと、飯笥を開き飯を受用〔じゆよう〕し、又かの小賊〔こぬすびと〕にも少計〔すこしばかり〕喫〔くハ〕しめ、最前切倒したる死骸を捜し、腰間〔たくはへ〕の盤纏〔こづかい〕ありしを収とり、
 次に彼〔かの〕賊〔ぬすびと〕に對ひ、汝すみやかに其着たる所の衣類を脱て、こと/\く余〔われ〕にあたへ、汝は又余〔わが〕着たる所の此浴衣を着て、早く此婦人を脊負ひ、我に従ひ高田迄送來るべし。若〔もし〕半點も背く事あらバ、両人の死賊〔しぞく〕のごとく屠殺〔うちころ〕さん。
 此時小賊〔こぬすびと〕大きに怨ミ憤るといへども、更に少しも爭ふ事能ハず、衣類を褫〔ぬぎ〕て無三四に与へ、おのれハ僅に一重の浴衣を着更、厳寒堪〔こら〕へがたしといへども、敢て一言も發〔いだ〕さず。
 無三四は綿衣〔めんい〕をあたゝかに累ね着て、呵々〔から/\〕と笑ひ、あら笑止千万、夢幻〔ゆめまぼろし〕の世の中なり。賊人〔ぬすびと〕は剥〔はが〕れ、潔白〔しら〕の人は衣服を累ぬる。是ぞ冠履〔くわんり〕の轉動なり。去來〔いざ〕夜の明〔あく〕るに間〔ほど〕もあるまじ。疾〔とく〕道を急ぐべしと、婦人を小賊に負せ、数多の山坂を下り、人家ある所に至り、ミな/\食事を調へ、嶮岨〔けんそ〕を超、平地〔へいち〕を趨〔はし〕り、兎角して既に其日の暮に、高田近くぞ帰ける。
 小賊ハ、終日無三四に責立られ、婦人を負ひ、難所の道を急ぎ、身躰つかれて泥のごとく、纔〔そこで〕無三四に對ひ、最早日も暮、脚路〔あしもと〕くらくして、婦人を負〔おひ〕参らせてハ、若過て谷へ墜〔はま〕る事もあるべし。是より高田へハ纔〔わづか〕一里ばかり、唯一筋の還道〔おほミち〕にして、外に遮路〔まがひミち〕もなし。願くは我に暇〔いとま〕を賜らバ、是より罷帰たしと、地に蹲踞〔うづくまり〕ねがひける。
 無三四答て、嘸草臥〔くたびれ〕つらん。速く婦人をおろすべしと、其まゝ婦人を下させ、側〔かたハら〕に憩〔やすま〕せ、汝にハ莫大の褒美を遣べしと、水もたまらず拔打に、小賊が眞額〔まつかう〕両片〔ふたつ〕に劈割〔きりわり〕、すぐさま谷へ蹶込だり。
 婦人は大きに膽を消し、戦〔ふる〕ひ懼るゝばかり也。無三四婦人にむかひ、かならず愕〔おどろ〕き玉ふ事なかれ。此もの共初よりかく打棄んとハ思へども、婦人を介抱させんため、一日の命を延しぬ。所詮〔しよせん〕這様〔かやう〕の悪黨を助け置とも、畢竟賊心をあらたむるもので無く、これ我〔わが〕残忍〔むごき〕に似て残忍〔むごき〕にあらず。一悪〔いちあく〕を除き衆善〔しうぜん〕を救ふといふ者也と、懇に婦人を慰め、是より只管〔ひたすら〕道を急ぎ、其夜初更の時黎〔ころほひ〕に、高田の駅〔ゑき〕に着にけり。

  繪本二島英勇記 巻之六 終

 【現代語訳】

   宮本、兇賊を山中に討つ事 (承前)

 このありさまにびっくりして、(生き残った)一人の盗賊は、たちまち魂が天に飛んでしまい、手足がすべて痿えて、逃げることができない。
 (無三四は)すかさず(盗賊を)ひっつかんで、地面に投げつけ、ドスのきいた大きな声を出して怒鳴り、「図々しい盗人め[ルビによる]。およそ三千世界のうちで、貴族であろうと賤民であろうと、人間ほど尊いものはない。貧苦に困って、金銀財宝を欲望するのは、盗賊の所行だが、夫ある婦人を掠奪して、色欲をほしいままにしようとする暴悪無道。いま肉をこま切れにしてやっても、あきたるまい。おまえは、どこの国の山中に隠れ住む盗賊なのだ。またさっき我が首領(かしら)といったのは、いかなる者だ。その首領の名を云え。少しでも偽りを云えば、すぐさまおまえの身に三百の孔を開けてやるぞ[めった刺しにするぞ]」と、白刄を喉に差しつけると、
 盗賊は大いに震えわななき、「何とぞ命をお助けください。少しも詭わることなく申します。それがしの首領というのは、備前国三ツ石[現・岡山県備前市]の山中に砦を構え、そこに隠栖する盗賊、不動の権太郎と申す者です。それがしは、その手下の小盗人[ルビによる]でございます。それで、かの首領の権太郎は、五、六十日前に美作へ行き、同国高田という宿場[現・岡山県真庭市勝山か]で、富貴な郷士の家に忍び入り、多くの金銀や衣服の類を盗み取りましたが、そのおり、たまたまその家の女房を見そめまして、それから急にその者に恋慕し、ひたすら、この人を奪い取って山の砦の中で娯しもうと思い、我々三人に命じて美作へ遣わしました。そこで我々はさまざまに苦心して、咋日この婦人が実家から帰るのを待ち伏せて、拐かして戻りました。(しかし)決して我々に悪心があって、婦人を誘拐したのではありません(悪いのは首領です)」と、地面にひれ伏して語った。
 無三四は、また女に向かい、「婦人よ、安堵しなさい。それがしは全く不良の徒輩[良からぬ輩、悪者]ではない。宮本無三四という者だ。今日、はからずもしかじかの難を(蒙ったが、その場を)のがれ、飢えと寒さを忍び、この堂内で一晩待ち明かしていたところ、婦人の哭き声に睡りが醒めて、悪党どもの所行を全部聞いたうえで、いま二人を殺害し、あなたを救ったのだ」。
 女は無三四の言葉を聞いて、大いに歓び、「さては、頼りにしてよいお人でございましたか。わたくしは、さきほどあなたが二人の賊を殺されたのを見て、悲しさの上に恐しくなりましたが、ただ今のお情けあるお言葉[ルビによる]を承り、驚きの中に歓喜、まったく夢かと思われます。
 わたくしは、作州高田の在中[郊外の農村]の百姓の娘で、当年二十五歳になります。同じ在中の郷士・富塚三郎左衛門という者の家に嫁ぎ、ことし三歳になる女子もあります。昨日は父の家に行き、暮方に一人の下女[ルビは飯炊女]を連れて、夫の家に帰る途中の道で、この者ら三人が、近くに人がいないのを見計らい、下女を捕えて、道端の樹に縛りつけ(置き去りにし)、またわたくしの口には、声をたてないように、物をふくませ猿轡をして、両腕もきつく縛り、山坂の間を、三人の男どもが、かわるがわる(わたくしを)背負い、あるいは引きずったりなどして、ものも云わさず、千辛万苦の憂目を味あわせ、ここまで連れて来たのです。
 このうえは、さらにご好意をたまわり、わたくしを家まで送り届けてくだされば、夫もさぞ喜ぶことでしょう。お礼には、あなたの衣料や路銀も用意してさしあげます」と、涙を流して語ったので、
 無三四は満面笑みで、「それはうれしいことだ。しからば、(まず)それがしは彼らが携えていた飯を食べて飢えを癒そう」と、飯笥を開き飯を食し[受用は高踏表現]、また、かの小盗賊にも少しばかり食わせ、さきほど切り殺した死骸を探り、懐中に金銭[ルビは小遣い]のあったのを頂戴し、
 次にかの盗賊に向かって、「おまえ、さっさと着ている衣類を脱いで、全部おれによこせ。おまえは、(代わりに)おれが着ているこの浴衣を着て、早くこの婦人を背負い、おれに従って高田まで送って行け。もし少しでも(おれに)背くことがあれば、二人の死んだ賊のようにぶっ殺すぞ」。
 このとき、小盗賊は大いに怨み憤ったのだが、まったく少しも抵抗することができず、衣類を脱いで無三四に渡し、自分は僅かに一重の浴衣に着更え、厳寒は堪えがたいとはいえ、あえて一言も文句を言えない。
 無三四は、綿衣をかさね着て暖かで、からからと笑って、「おう、笑止千万、夢幻しの世の中だな。盗賊は剥がれ、罪なき者は衣服をかさね着る。これこそ、冠履の転動[さかさま]だよ。いざ、夜の明けるのに間もあるまい。はやく道を急ごう」と、婦人を小盗賊に背負わせ、数多の山坂を下り、人家のある所へ至り、三人とも食事にありつき、(さらに)嶮岨(な山谷)を越え平地を走り、そうして、その日の夕暮になったが、高田近くまでやって来た。
 小盗賊は、一日中、無三四に責め立られて、婦人を背負い、難所の道を急ぎ、身体は疲れて泥のようである。そこで無三四に、「もはや日も暮れ、足元が暗いので、婦人を背負っていては、ひょっとしたら谷へ墜ちることもあります。ここからは高田へは、わずかに一里[四km]ほど、ただ一筋の街道[ルビは大道]で、ほかに迷うような路もありません。どうか、私を解放してください。ここから帰りたいのです」と、地面に蹲踞して懇願した。
 無三四は答えて、「さぞ、くたびれただろう。はやく婦人をおろしなさい」と、すぐに婦人を下ろさせて、路傍に休憩させ、「おまえには、莫大な褒美をやろう」といって、あっというまに抜き打ちに、小盗賊の頭を真っ二つに切り割り、すぐさま谷へ蹴り込んだ。
 婦人は大いにたまげて、ふるえ恐怖するばかりである。無三四は、婦人に向かい、「決して、こわがることはない。はじめから、こいつをこのように斬り捨てようと思ったが、あなたを介抱させるため、命を一日延してやったのだ。所詮、こんな悪党を生かしておいても、畢竟、悪い心を改めるものではなく、これは私が残忍のようでも、決して残忍ではない。一人の悪人を排除して、多くの善人を救うというものだ」と、懇ろに婦人を慰め、それからひたすら道を急ぎ、その夜初更[午後8時]のころに、高田の宿場に着いたのである。

  絵本二島英勇記 巻之六 終




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